週刊現代 医療・健康・食
アメリカの「がん手術」、外科至上主義の日本とはこんなに違う
なんと6割が放射線治療

日本は「外科至上主義」

日本の医療とアメリカの医療は大きく違います。大戦時の軍事に対する両国の考え方のように異なるのです。

こう語るのは、元国立がん研究センターがん予防・検診研究センターのセンター長でグランドハイメディック倶楽部理事の森山紀之氏。氏はアメリカ、ミネソタ州にある世界屈指の名病院と言われるメイヨー・クリニックに在籍したこともあり、日米のがん治療の違いを知る第一人者だ。

まず、アメリカは医師の数が非常に多い。救急患者が運ばれてきたとしても、勤務時間が終わった医者はさっさと帰っていきます。それだけ人員に余裕があるわけです。

一方、日本では医療従事者が少ないなかで、きめ細かい医療を施すことを目的とする体制になっており、医者一人ひとりの負担が大きい。それぞれの医師の技量は高くても、多忙のためうっかりミスが起きてしまう可能性があります。診察に時間もかけられない。

日米で一人ひとりの医師の技術の差はない。むしろある領域においては日本人のほうが上かもしれません。しかし医療システム全体として見た場合、アメリカのほうがよくできている点があります。

日本とアメリカでは健康保険をはじめ、医療制度が大きく異なります。皆保険で誰もが一定レベルの良質な医療が受けられるという意味では、日本の医療は非常に優れているが、同時に医療に対するコストを下げるために無理が生じている面があるのです。

アメリカでは患者が医療保険に加入している場合でも、メリットが少なく無駄なコストばかりかかる医療行為が施された場合、保険会社から保険金が支払われない場合もある。

従って患者は本当に必要な検査はなにか、費用対効果の高い治療法はなにかという点に関してシビアにチェックするようになる。医療システム自体が安全性が高く、コストに見合った医療を選択するように出来上がっているのだ。

アメリカでは、病気になったとき最初にかかるのは、自分の『かかりつけ医』です。彼らは医療のコンサルタントのような役割です。がんが見つかった場合、まるでレストランのメニューを広げるような感じで『手術ならいくら、それに必要な検査はいくら、放射線治療をするならいくらかかる』とコストやリスク、メリットについて説明してくれます。

かかりつけ医は実際に治療に関わるわけではありませんので、客観的で公平な立場からベストな治療法を選択できるようアドバイスしてくれる。

日本の場合だと、最初にかかったのが外科の医師だと、どういう手術をするかということばかりが優先されがちで、果たして放射線治療がいいのか、抗がん剤治療がいいのかといった中立的な立場での治療方法が選ばれないこともあります。

日本とアメリカでは、がんの治療法も大きく異なっています。

手先が器用で職人気質を尊ぶ日本人は、外科手術を第一に選ぶ傾向にあります。実際、肝臓をはじめ、手術の難しい部位のがんの手術法には日本人の医者が考案したものが多くあります。トップクラスの日本人外科医の技術は世界一といっていいでしょう。外科手術は日本のお家芸で、がん治療といえばまず手術というのは、このような伝統に根差したものなのです。

アメリカは6割が放射線治療

テレビドラマでもアメリカは麻酔医や診断医が主人公になるものがありますが、日本で人気が出るのは花形の外科医が活躍するもの。『わたし、失敗しないので』という世界が好まれるのです。

患者のほうでも『何が何でも確実に命を助けてほしい』と、浪花節的な感性で医者に手術をお願いすることが多い。そうなると、たとえハードルが高くてもできるだけすべて悪いところを取ってしまおうという話になりがちです。

一方、アメリカでは放射線治療がさかんに行われている。アメリカのがん患者の6割が放射線治療を選択すると言われるほどだ。

アメリカには日本のような外科至上主義はありませんから、どの治療法がより最適か、コストとリスクに見合った医療行為なのかという点を冷静に判断します。そういう風土のなかで、効果が高い放射線治療が発達してきた。

私がメイヨー・クリニックで働いていたときには、放射線科だけで医師が90人もいました。加えてレジデント(研修医)も同じくらいの数いました。日本だったら一つの病院で、これだけの数の放射線科医を抱えているところはありません。

日本では同じような治療効果が予想されている場合でも、放射線治療より外科手術を受けたがる患者さんが多い。しかし例えば、前立腺がんなどの場合、手術をすると2人に1人は尿漏れなどの問題が生じて、場合によってはおむつをつけなければならなくなる。一方、放射線治療ですとそういう後遺症は残りにくい。

日本の放射線医療が遅れているかといえば、一概にそうとも言えません。むしろ、日本のほうが進んでいる分野もあります。例えば陽子線や重粒子線といった、最先端の放射線治療は、日本の技術、施設が世界で一番充実しています。

ではいったい何が問題なのかというと、まず放射線科医の数が非常に少ない。ある程度の大きさの市民病院で放射線治療をやっているところでも、放射線科医が常駐していないところがたくさんあります。そうなると他分野の医師も、放射線治療に対する理解や知識が深まりません。

だから、放射線科医の仕事の内容をよく知らない人は『あいつらは鉛筆で治療の設計図かなにかを書いているだけで、まともに働いていないんじゃないか』なんて言うわけです。そういう偏見がまだ一部の日本の病院には根強く残っているのですね。このような事情から、いい技術や施設があっても日本は放射線治療がなかなかアメリカほどには広がらないのです。

アメリカでは外科手術後、がんが再発した患者さんがいたとしたら、『放射線をやっているドクターと、抗がん剤をやっているドクターがいるから、それぞれの意見を聞いてみましょう』ということになります。しかし、日本では外科医が患者さんを抱え込んでしまう傾向にあり、放射線科になかなか回そうとしない現実がある。

繰り返しますが、日米に技術の差はありません。しかし医療体制、システムが違うのです。先ほど、戦時中における日米の例を出しましたが、これはがん治療にもあてはまります。日本は戦時でも個々の命中精度を上げることに力を傾けました。これは高度な外科手術を目指して個々の医師が切磋琢磨する医療の現場と似ている。

一方でアメリカは、『レーダーを使え、面倒だから弾幕を張ってしまえ』というふうに四方八方を撃ち続けるというシステム重視の考え方。物量、医師の数が違うのです。

制度の差、文化の違いなどがあるので、日米の医療を単純に比較して、優劣をつけることはとても難しい。しかし、アメリカの医療を見ることで、日本の医療の問題点が見えてくるのです。

「週刊現代」2016年9月10日号より