なぜイギリス人は今日を生き、日本人はリタイア後を考えるのか?
年をとることは自由になること

自著『イギリス式 中流老後のつくり方 なぜイギリス人は貯金500万円で幸せに暮らせるのか?』の具体的な打ち合わせが始まったのは2015年。巷では老後にまつわるネガティブな報道が過熱していました。

同世代の友人よりは諸々準備をしている自負があった私も、新聞を広げ、電車に乗れば、「崩壊」「下流」「破綻」の活字に、心穏やかでなくなります。

平成16年の総務省の統計では、65歳以上の年金受給者は3296万人。8人に1人が75歳以上の高齢者という超高齢化社会となり、1044兆円といわれる、世界に群を抜く借金を抱える日本では、将来の年金や社会保障は一体どうなるのか、自分は一体どうすればいいのか、不安ばかりが先行しました。

どれだけ稼いでも、いかに貯めようとも、老後は危ない。メディアが発信する一億総倒れの文言に、イギリスの中高年を参考に、もっと別の考え方、生き方を提案したいと考えました。

高級老人ホームで感じた「疑問」

東京で私はいくつかの高級といわれる老人ホームを訪ねてみました。

ある施設は、レジデンシャルが冠に付く高級マンション顔負けの豪華なエントランスに続き、中庭を望む光溢れるダイニングでは、ジャケットを着用した紳士や身ぎれいに髪をセットした背中の丸まったお婆ちゃまが、1時間前から黙ってテーブルにつき、じっと食事の配膳を待っていました。

そして、料理が並ぶと、黙々と食べ始めるのです。かつては社会的地位があり、もしかすると海外に暮らしたこともあるのかもしれない。

皆が集う場にふさわしい品格ある装いができる老々男女が、なぜ介護付き老人ホームにいるのか。それがちぐはぐに感じ、職員の方に尋ねたところ、認知症発症などそれぞれ自宅で暮らせない事情があるものの、中には一人暮らしが不安だと、何か起こる前に入所を選ぶ人もいらっしゃるとのこと。

まだ知力も気力も十分にある人は、黙する人々の中で新聞を読んでいます。部屋によっては入居費用5000万円近いこの施設で、安心を得るために早々に入居した人はどういう気持ちなのか。幸せなのか。気にかかって仕方ありません。

自分の部屋を識別するためにドアの横に設けられた飾り棚には、ぬいぐるみや花かごなど、それぞれの宝物が飾ってありました。

自力で生活できなくなれば最後は老人ホームに入ろうと決めていた私は、いざとなれば親も、という考えが常にありました。ジャケットこそ着ないまでも読書や旅が好きな美食家の父なら、行き届いた施設をゴルフ場のクラブハウスのようだと難なく受け入れるに違いない。そう思っていたのです。

けれど、現実を前にすると、できる限り互いに支え合って自宅で暮らしたいとする両親の思いを尊重すべきと思うようになりました。

年を取るとは、自由になること

ある調査によると、イギリスの65歳以上の高齢者約945万人のうち全体の約37%が一人暮らしと伝えられています。イギリスの高齢者の生き方は、翻ればI must prepare for my own old age――私が私自身を看る――という逃れられない自己責任が根っこにあります。

それゆえ、老後につながるリタイアメントは新しい人生の幕開けであり、さまざまなチャレンジの中に高齢者同士の結婚や遅い起業、友だちの輪や経済的援助抜きの子どものサポートなど、意志的でユニークな生き様が散らばっているのです。

「イギリス人は今日を生き、日本人はリタイア後を考える」という考え方の違いは、不安という大きな荷物をしょってあたふたしている私たちに新しい「中流老後」の形を示しているのではないか。

自分の判断を信じ、思い描く人生を選択し続けるには、一人ひとりがあてがいぶちでない普遍的な暮らし、経済、人間関係の規範を見つけることよりほかないと強く思った次第です。

私が取材したセレブから労働者階級の人たちまで地域も年代も織り交ぜたイギリスの人々の生き様からは、「年をとることは自由になること」という、誰もが享受できる力強いメッセージが見えてきました。

そういう視点から、住まい、介護、人づきあい、お金を見直してみれば、私たちを縛っている、「多額な預金がなければ老後は破綻する」という方程式がすべてではないと思えてきます。

老後のあり様は十人十色。もっとフレキシブルに設計できると思えれば、いつでも、どこからでも満足できる老後に辿り着けるはずです。

現役を退いた後、用意周到に備えなければ、老後の暮らしが破綻してしまうと感じる日本人ーー。お金の心配に潰されない、自分らしい老後のヒントがこの本からみつかる。
井形慶子(いがた・けいこ)
長崎県に生まれる。大学在学中から出版社でインテリア雑誌の編集に携わる。28歳で独立後、出版社を興し、イギリスの暮らしをテーマにした情報誌「ミスター・パートナー」を創刊、編集長に。30年以上の渡英経験から、イギリスについてのエッセイを執筆。著書には『イギリス式「おばあちゃんの知恵」で心地よく暮らす』(講談社)、『雑貨・服 イギリス買い付け旅日記』(筑摩書房)、『今すぐ会社をやめても困らないお金の管理術』(集英社ビジネス書)、『イギリス式 お金をかけず楽しく生きる』『イギリス式 月収20万円で愉しく暮らす』(ともに講談社+α文庫)など多数。日本外国特派員協会会員、ザ・ナショナル・トラストブランド顧問。
「ミスター・パートナー」公式ホームページhttp://www.mrpartner.co.jp
井形慶子のブログ「よろず屋Everyman Everymanから」
http://keikoigata12.blog.fc2.com/