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麻薬犯罪者は殺していい、国連はクソ野郎…過激なフィリピン新大統領
英雄か、独裁者か
6月30日、第16代大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏〔PHOTO〕gettyimages

文/Pan Asia News大塚智彦

今年6月30日に就任したフィリピンのドゥテルテ新大統領に対する評価が両極端の真っ二つに割れている。

フィリピン国内での評価は世論調査の数字にも表れているように非常によく、「英雄」とも表現されている。その一方で国際的には相当な悪評で、国際機関や人権団体、キリスト教組織そして米国政府にまでいちゃもんをつけられ、「独裁者」とまで指摘されている状況だ。

こうした中、9月6日からラオスで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議でドゥテルテ大統領は本格的な外交デビューを果たす予定だ。

ASEAN各国、日中韓、ラオスを歴訪予定のオバマ米大統領はじめ、各国首脳を相手に「英雄」振りをみせつけるのか、あるいは「独裁者」面を発揮するのか、南シナ海を巡る中国対ASEANの攻防と並んでドゥテルテ大統領の言動がマスコミの大きな関心事となっている。

「麻薬犯罪者を殺害せよ」

ドゥテルテ大統領は大統領選の期間中から麻薬犯罪への厳しい取り組みを表明していた。ダバオ市長時代にも自警団による麻薬犯罪者の暗殺を黙認してきたとされ、その強硬な姿勢が国政レベルでも継続されるのかどうかが選挙戦の一つの焦点ともなった。

圧倒的な国民の支持を得て当選したドゥテルテ大統領は、国民が麻薬犯罪撲滅への期待を自分に託していると判断し、大統領就任直後から麻薬犯罪者の殺害を容認、いやむしろ報奨金などに言及して奨励している。

このため全国規模で警察官や自警団、そして一般市民による麻薬犯罪者や麻薬常習者の殺人が横行している。これまでに警察官によって700人以上が、自警団などによって1000人以上が銃撃などで殺害され、約60万人が殺害を恐れて警察に自首したという。

フィリピンのインターネットのニュースサイトには後ろ手に縛られ、目隠しをされた状態での殺害遺体と、それを取り巻く市民の様子が連日のように報道されている。

巻き添えで5歳の少女が殺害されるケースや麻薬とは無関係の犯罪者、無実の市民までもが殺されるなど、フィリピンはいま「超法規的殺人」が横行する無法状態となっている。

〔PHOTO〕gettyimages

しかし、国民の大半は「麻薬犯罪者は殺されて当然」「これまでの対応が手ぬるいだけでこうした厳しい対策は効果がある」「麻薬被害の深刻さを知れば止むを得ない措置といえる」など積極的、消極的という度合の差こそあれ、ドゥテルテ大統領は世論調査でも80%近い支持を得ており、それが「英雄視」につながっている。

一方で国際社会の批判は厳しい。米国務省のトルドー報道部長は8月8日の会見で「麻薬関連容疑者らの大量拘束と超法規的殺害について懸念している。人権を守った法の執行を行うようフィリピンに強く求める」と表明した。

また8月18日には国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)も「国家は国民の生命を保障する法的義務がある」と法の支配を求めるなど、ドゥテルテ批判は拡大している。

こうした動きに対してドゥテルテ大統領は「国連からの脱退も検討しなくてはならない。(国連が)無礼なクソ野郎なら、我々は去るだけだ」と国連脱退まで示唆。もっとも直後に外相が脱退を否定したが、大統領のこうした過激な言動が、国民から「拍手喝采」を受けているのが現実なのだ。

めざすはマルコス元大統領か

ドゥテルテ大統領の高い人気と評価、そして超法規的殺人という過激な手法は、1965年~1986年までフィリピン第10代大統領として君臨したマルコス元大統領を彷彿とさせる。

第10代フィリピン大統領、フェルディナンド・マルコス氏〔PHOTO〕gettyimages

マルコスは大統領就任当初「アジアのケネディ」とも言われ、若き指導者として国民の期待を一身に集めた。

特に経済政策面では1960年代から1970年代にかけて経済成長率を伸ばし、失業率を下げるなど一定の成果を残し、フィリピンを東南アジアの有望国に押し上げた。

米国や日本など西側世界との関係も強化した。強力な指導力で貿易振興や投資拡大を図り、フィリピン経済の基盤強化にも貢献した。安全保障面でも米国との関係を強化し、ベトナム戦争当時はクラーク空軍基地、スービック海軍基地が米軍の重要なアジア拠点となっていた。

しかし、その一方で、反政府を掲げる共産主義勢力の新人民軍や反社会勢力、イスラム系武装組織、学生運動家、マスコミなどへの弾圧を年々強め、「独裁者」として君臨し始める。マルコス政権下では、準軍事部隊(パラミリタリー)が組織され、反政府運動の活動家や市民が誘拐・拷問・殺害された。

逮捕された市民は7万人を越え、700人以上が行方不明となり、3000人以上が超法規的に殺害されたと言われている。

こうした独裁政治は1972年の戒厳令布告を境に強権弾圧政治に変質し、それが政情不安を高めると同時に民主化運動に火をつけた。

弾圧の強化につれて抵抗運動が燎原の火のごとく広がり、1983年、米国に亡命中のアキノ上院議員のマニラ国際空港での暗殺事件へ間接的に関与したとの疑惑が、反マルコス陣営を勢いづかせる結果となった。

こうした流れの中で地方有力者、財界、キリスト教関係者、さらには軍までもが次第に反独裁色を強め、最後には米国をはじめとする西側諸国からも見放された。そして1986年2月、ピープルパワー革命で反マルコス運動は頂点に達し、大統領の職を追われたマルコスはイメルダ夫人と共にハワイに亡命、独裁政権に終止符が打たれた。

「歴史は繰り返す」ではないが、高い国民の支持と人気、強権的政治手法、既存の政治権力や勢力との緊張関係など、ドゥテルテ大統領にマルコス元大統領を投影して、その行く末までを重ね合わせるのは時期尚早だろうか。

だが、ドゥテルテ大統領にとってマルコス元大統領が目指すべき「英雄像」であることを裏付けるような事態が、フィリピンでは進行中なのだ。

英雄墓地埋葬問題

ドゥテルテ大統領は、9月28日に命日を迎えるマルコス元大統領の遺体を英雄墓地に埋葬することを目指している。

マルコス元大統領は1986年のピープルパワー革命で国を追われ、米ハワイで1989年に客死した。遺体のフィリピン帰国は認められたものの、一族が希望する英雄墓地への埋葬は歴代大統領が却下し続け、故郷北イロコス州の実家で冷凍保存されている。

麻薬問題がフィリピン国内で連日報道される中、8月にはマルコス元大統領の英雄墓地埋葬問題がクローズアップされ、「マルコスは英雄ではない」とする市民組織による反対集会や埋葬の一時差し止め訴訟が起こされるなど、波乱含みの展開となっている。

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マニラのニノイ・アキノ国際空港の東側、高速道路を挟んだタギッグ地区フォート・ボニファシオの一角に広がる142ヘクタールの英雄墓地には、第2次世界大戦などで母国に殉じた軍人を中心に約4万1500人の「英雄」たちが眠る。

今年1月27日にはフィリピンを訪問した天皇皇后両陛下も慰霊のためこの墓地を訪れている。兵士以外にもガルシア(第8代)、マカパガル(第9代)両大統領なども「英雄」として埋葬されている。

マルコス一族・支援者が英雄墓地への埋葬許可を歴代大統領に打診したものの、ことごとく却下されてきた経緯がある。エストラダ元大統領(1998年~2001年)が一時埋葬を表明したがあったが、強い反対論が噴き出し実現はしなかった。

しかし、ここへ来てドゥテル大統領が、マルコス一族から再び出された「英雄墓地埋葬要請」を容認したことで、寝ていた子が起こされた状態となり、フィリピンでは再び「マルコス元大統領は英雄か、独裁者か」という議論が沸騰する事態になっているのだ。

マルコス政権下での人権侵害事件の被害者支援を続けている民間組織「セルダ」は、英雄墓地埋葬計画の一時差し止めを最高裁判所に申し立てた。

8月14日にはマニラ市内リサール公園で反対集会とデモが行われた。約1500人が参加して、「マルコスは英雄ではない」「英雄墓地への埋葬は国家の恥だ」「アル・カポネをアーリントン米国立墓地に葬るようなものだ」といった大学教授、キリスト教聖職者、戒厳令下の反マルコス運動参加者などによる反対演説を熱心に聞いた。

ルソン島北部のバギオやビサヤ地方のセブ、ドゥテルテ大統領の地元ミンダナオ島ダバオでも同様の集会が開催され、全国的な反対運動となっている。そして8月23日、フィリピン最高裁が「英雄墓地への埋葬を一時差し止める」という決定を下した。

「その時」を待ち眠っている遺体

首都マニラからマッカーサー・ハイウェイを一路北上、高原の避暑地バギオを経由してたどり着くルソン島北西部の北イロコス州にある町バタックは、マルコス元大統領の故郷である。

実家には2階建ての「マルコス博物館」が併設され、冷房が効いた館内では彼の生い立ちから、第2次世界大戦中の抗日ゲリラ活動、戦後の下院議員時代、イメルダ夫人との出会い、そして大統領時代とその生涯を写真や資料などで詳細にたどることができる。

ラワグの実家跡に建てられたマスコス大統領を偲ぶ歴史資料館 (筆者撮影)
観光客が絶えないマルコス博物館 (筆者撮影)

ここを訪れるフィリピン人、外国人観光客の一番の目当ては、博物館に隣接された石造の霊廟である。

屈強な係官に伴われ大きな入り口の扉を入ると、凍えるような冷気に包まれ荘重な音楽が流れる内陣があり、その中央に強化ガラスに覆われたマルコス元大統領の冷凍保存遺体が安置されている。

防腐処理を施され蝋人形のような肌の白さが目立つものの、正装して生前の面影を残した遺体はまるで眠りについているようであり、ある意味感動的だ。

係官が目を光らせて「絶対撮影禁止」になっているのだが、インターネット上にはイメルダ夫人が訪問した際にガラス越しにキスをする写真がアップロードされている。

ネットに流出した画像

州政府広報担当者によると、これは「盗撮されたもの」とのことで、現在はさらに厳しく訪問者を監視しているという。

バタックのマルコス元大統領の実家からさらに北上すると、州都ラワグの町に入る。幹線道路の先にある州政府庁舎の正面入り口には3人の等身大写真が並び、来訪者を迎えてくれる。アイミー州知事、ボンボン上院議員、そしてイメルダ下院議員の3人、いずれもマルコス大統領の長女、長男、夫人である。

これは出身地の北イロコス州では現在もマルコス元大統領とその一族の人気が根強く、広い支持を保っていることを如実に示している。

州政府知事室文化広報担当官のジュネ・アービン氏は「現在のフィリピンではマルコス大統領は正しく評価されていない。負の面ばかり強調されているが、彼の功績はもっと高く評価されるべきだ」と熱心に話す。

ラワグにある北イロコス州政府庁舎の入り口  左からアイリーン州知事、イメルダ夫人 (筆者撮影)

英雄墓地埋葬問題の背景

ドゥテルテ大統領は、マルコス元大統領の命日である9月28日までの英雄墓地埋葬を目指しており、反対運動に対しては「誰でも自分の意見を言う権利はあると大統領は理解しているが、方針は変えない」(アンダナー大統領府報道班長)と、強行する構えを崩していない。

国民の間に広がる「なぜ」という疑問に対し一部マスコミは「セブ州のダナオ市長、ダバオ州知事を務めていたドゥテルテ大統領の父親は1965年から1968年までマルコス政権の閣僚を務めていた時期があり、マルコス元大統領に恩義があるのではないか」と指摘している。

歴代大統領ができなかったマルコス元大統領の英雄墓地への埋葬を実現することで、依然政界に一定の影響力を残すマルコス一族との関係を強化し、地元ミンダナオ島に加えてルソン島北部のマルコス支持者層をも取り込みたいのでは、との見方も出ている。

もう一つ考えられる要素は「死者には鞭を打たない」「許し合う」というキリスト教精神に根差したフィリピン人の心の問題である。

あれほど悪者扱いされたマルコス元大統領、そして「靴1000足」に象徴される国民生活を顧みない驕奢で名をはせたイメルダ夫人も、最終的にはフィリピンへの帰国が認められ、前述のように夫人は下院議員になり、長男長女も政界で復活している。

また、汚職や不正蓄財で任期半ばに大統領を弾劾され、逮捕までされたエストラダ元大統領も2010年には大統領選に出馬、次点で落選。2013年にはマニラ市長選に出馬して現職を破って当選、と見事に返り咲きを果たしている。

こうしたフィリピン人の「寛容の精神」に加えて、マルコス元大統領の現役時代を知る世代が今や全国民の3分の1までに減り、マルコス時代の過酷さを肌感覚として知らない若者が増えているという現実もある。

麻薬犯罪者の殺害を容認するような強硬策で国際社会や人権団体からの強い批判を受けながらも、高い支持率を背景に強気の政策を続けるドゥテルテ大統領にとって、マルコス支持層の取り込みは政権基盤の強化に必須との判断をしたというのだ。

ただ、最高裁が8月23日に「埋葬一時差し止め」を認めたことから、英雄墓地埋葬を強行するのか、断念するのか、ドゥテルテ大統領は慎重に世論の動向を見極めようとしているのは間違いない。

ハネムーン終了で正念場

マルコス元大統領の命日は9月28日だが、その前にラオスで開催されるASEAN首脳会とそれに伴う各国首脳との会談という外交デビューの場で、どこまで「得点」を稼ぐことができるかが今後の「麻薬犯罪対策」「英雄墓地埋葬問題」など政権運営に少なからず影響してくるとみられている。

ASEANにとって最大の懸案事項である南シナ海問題では、議長国のラオス、カンボジアなど中国から巨額の経済支援を受けている親中のASEAN加盟国が「中国批判」「議題化」「声明盛り込み」などで中国への配慮をみせようとしている。

そうした中、ドゥテルテ大統領は中国に対して対話路線を示唆したかと思えば「領有権問題で解決が見られなければ、いずれ中国と落とし前をつける時が来るだろう」「中国が侵略しようとすれば血をみることになる」などと強気な発言にでるなど、硬軟両構えを見せており、「二国間問題」に持ち込み穏便にことを運ぼうと画策している中国を惑わせている。

国際的批判が高まる「超法規的殺人」についてドゥテルテ大統領は、「人権について話す前に米国は麻薬問題について理解しなくてはならない」と言い、ラオスで予定されている米比首脳会談でオバマ大統領に直接説明する考えを示している。

これに対し「人権大国」を自認する米国のオバマ大統領がどう対応するのか、会談内容が注目されている。

大統領就任から100日は「ハネムーン期間」としてお手並み拝見を決め込んでいるフィリピンの各政党、政財界、国軍はこれまでのところ表立ったドゥテルテ批判を控えている。それは何度も繰り返すが約80%という高い国民の支持があるからだ。国民を敵に回すのは誰もが望むところではない。

しかし、超法規的殺人が麻薬犯罪とは無関係の市民や子供までを巻き添えにする事態を「コラテラル・ダメージ(付帯的被害)」として片づけてよいものか。あのマルコス元大統領を、太平洋戦争などでフィリピンを防衛するために命を懸けた兵士らと同じ「英雄墓地」に埋葬してよいものか。

ハネムーン期間が終了する9月末に向けて、ドゥテルテ大統領は正念場を迎えることになる。それはまさに「英雄」か「独裁者」かの評価の分かれ目でもある。

大塚智彦 (おおつか・ともひこ)
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞に入社し、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、2014年からはPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材執筆を続ける。著書に『アジアの中の自衛隊』『民主国家への道 ジャカルタ報道2000日』など。