安倍・プーチン会談に、経済界とメディアが冷ややかな目を向ける理由
「官邸主導」がそんなに気にいりませんか?

どこまで本気?

安倍晋三首相が北方領土返還に執念を見せている。先週金曜日(9月2日)、ウラジオストクで、ロシアのプーチン大統領と首脳会談を行い、年内にあと2回会談を重ね、安倍首相がソチ五輪時の会談で提示した経済面での8項目の「協力プラン」の具体化を加速して両国の協力関係を強化することで合意したという。その直前には、「ロシア経済分野協力担当相」職を設置するなど“本気”を印象付けた。北方領土返還のため、冷戦時代の「政経不可分」戦略をかなぐり捨てて、「経済先行」を前面に押し出している。

ところが、水面下では、肝心の首相の周りが盛り上がらない“ドーナツ現象”が起きている。本来の仕事を奪われた形の外務官僚たちは冷ややかな視線を向け、経済界は「国策と言われても、算盤に合わなさ過ぎる」と面従腹背を決め込む。マスメディアに至っては、「北方領土、進展険しく」(毎日新聞)、「『経済先行』成算あるか」(中国新聞)と懐疑的だ。

日本とロシア(旧ソ連)は、1956年の「日ソ共同宣言」で法的な戦争状態を一応終結したが、いまだに「平和条約」は締結できていない。父祖伝来の領土である北方領土の返還は悲願だ。

そこで、平和条約交渉と領土返還を実現するために、日本に必要な視点を考えてみよう。

安倍首相は、3時間10分に及んだ先週のプーチン大統領との首脳会談後、32カ国が参加し、昨年に続き2度目の開催となったロシア政府肝煎りの「東方経済フォーラム」で熱っぽく演説した。

そのポイントを外務省のホームページから拾うと、

「ロシアと日本の経済は、競合関係にありません。見事に補完する間柄だ」「中小企業同士の協力は、大いに有望。エネルギー資源の開発とその生産能力の拡充は、双方をwin-winにする」「ロシア極東地域を、アジア太平洋に向けた輸出の拠点に」「プーチン大統領、年に一度、ウラジオストクで会い、この8項目の進捗状況を、互いに確認しませんか」

「プーチン大統領、目指しておられる製造業大国へ至る道には、実証済みの近道がある。日本企業と組むことだ」――といった具合だ。改めて、極東開発を政権の最重要課題の一つに掲げているプーチン大統領に真摯に協力する姿勢を示したと言える。

そのうえで、首相は長年の懸案に言及し、「ウラジーミル、あなたと私には、この先、大きな、大きな課題が待ち受けています」と切り出し、

「限りない可能性を秘めているはずの、重要な隣国同士であるロシアと日本が、今日に至るまで平和条約を締結していないのは、異常な事態」「私たちは、それぞれの歴史に対する立場、おのおのの国民世論、愛国心を背負って、この場に立っています」

としながらも、「このままでは、あと何十年も、同じ議論を続けることになってしまいます。それを放置していては、私も、あなたも、未来の世代に対してより良い可能性を残してやることができません」と指摘。

「この70年続いた異常な事態に終止符を打ち、次の70年の、日露の新たな時代を、共に切り開いていこうではありませんか」「私は、ウラジーミル、あなたと一緒に、力の限り、日本とロシアの関係を前進させる覚悟です」と締めくくったのだ。

ちなみに、第二次世界大戦における交戦状態を終結するため、日本は1951年(昭和26年)9月に、米国など48カ国とサンフランシスコ平和(講和)条約を結び、国家として独立を回復した。が、この時、冷戦が災いして、旧ソ連が署名を拒否。前述の日ソ共同宣言は、平和条約の代わりに、両国間の戦争状態の終了と外交関係の回復を約したものだ。当時、両国は歯舞群島及び色丹島を除く北方領土(つまり、国後島と択捉島)の帰属問題で意見が合わず、平和条約に代わるものとして、日ソ共同宣言を交わした経緯がある。

そして、引き続き、平和条約締結交渉を継続することで合意し、平和条約の締結後、歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡すことにしたのだ。紆余曲折があったとはいえ、今日まで、懸案の平和条約を締結できていないのは、首相が演説で指摘した通り「異常な事態」である。ロシアとの同条約締結と北方領土返還は残された最後の戦後処理である一方、その未解決は両国関係の将来に大きな影を落としている。

安倍首相の執念

安倍首相はかねて、平和条約、北方領土問題の解決に執念を燃やしてきた。第1次安倍政権時代も含めると、プーチン大統領との会談は実に14回目に及ぶ。

2014年2月のソチ五輪開幕の折には、中国の習近平国家主席を除いて、米英独仏など主要国の首脳がウクライナ危機に伴い対ロ制裁姿勢を明確にして軒並み開会式出席を見合せる中で、安倍首相はあえてG7(主要国)の協調を乱すとの批判を無視して出席。その翌日には、同地で、プーチン大統領との首脳会談も行った。そして安倍総理から、エネルギーや産業振興、省エネなど8項目の極東での経済協力案を提案した。

今回の首脳会談では、前日に協力の取りまとめ役として、「ロシア経済分野協力担当相」のポストを新設、腹心の世耕経済産業大臣を充てた。

実際の日ロ首脳会談で、安倍首相は、日本式の最先端病院を設立してロシアの健康寿命の伸長に貢献する計画を明らかにしたほか、中核都市(人口100万人以上)で木造住宅の建設やインフラの更新による渋滞対策を講じるプランを披露。さらに、ロシア側からソチ五輪の際に求められた極東のインフラ整備で、農林水産業の輸送インフラ整備によって国内外への供給力を高めるという回答も表明した。

注目のエネルギー分野では、三井物産と国際協力銀行(JBIC)が国営電力大手ルスギドロに計217億ルーブル(約340億円)を出資する計画もあるという。

こうした日本の交渉姿勢は、世界が東西両陣営に分かれて激しく対立した「冷戦」の終結前にはあり得ない選択肢だった。当時の日本は、西側陣営の旗手・米国の手前もあり、頑なに、「領土問題の進展がなければ経済協力も進められない」(政経不可分)と、「4島は法的・歴史的観点から日本固有の領土なので一括返還せよ」(4島一括返還要求)の二つの立場を頑なに守っていた。

が、冷戦終結後、日本は次第に、4島に関する日本の主権が確認されれば、実際の返還の時期や態様には拘らない姿勢に舵を切り始めた。経済協力をテコにする戦略もこの頃から本格化した。

転機となったのが、1998年4月に静岡県で開かれた川奈会談だ。当時の橋本龍太郎首相はエリツィン大統領に対し、四島の北に「両国の最終的な国境線」を引き、北方領土が日本の領土であることを確認する一方で、両政府が合意する返還までの間、ロシアの施政権を認めるという「国境線画定案」を提案した。

刀と鎧の交流

もう一つの大きな提案は、2001年3月のイルクーツク首脳会談で、当時の森喜朗首相がプーチン大統領に示した「2島先行返還論」だ。四島のうち歯舞群島と色丹島を先に引き渡すことで北方領土問題を進展させつつ、国後島と択捉島の帰属については継続協議とする案である。共同通信は9月2日付の配信で「複数の日ロ関係筋が1日、明らかにした」とニュースソースを明示して、この2島先行返還論が日ロ両政府の間で改めて浮上しており、今年12月のプーチン大統領の来日に向けて議論を深めたい考えだと報じている。

余談だが、今回の会談で、安倍首相はプーチン大統領に鎧甲(よろいかぶと)を贈り、プーチン氏が「これを身につけて仕事をしようか」とおどけてみせたという。

一方のプーチン氏は首相に1本の刀を贈呈した。報道によると、その刀は昭和天皇が「即位の礼」で用いた12本のうちの1本で、海外流出後にロシアが入手したという由緒あるものだ。同席した世耕大臣がすかさず、「首相が仕事場でこの刀を使わないようにしてほしい」と切り返し、周囲は笑いに包まれたそうだ。

こうした話は、両国の首脳たちの間には、よい人間関係が構築されつつあることを示すエピソードなのかもしれない。

いずれにせよ、安倍首相の執念の背景には、国益の存在は当たり前として、それ以外に、北方領土返還交渉で成果をあげ、衆議院を解散して3分の2議席を再び確保し、自民党総裁としての再選、東京オリンピックの自らの手での開催、憲法改正に繋げる狙いがあるとの解説が、永田町、霞が関では広く語られている。