学校・教育
名門校進学を巡る裁判が示した、「エスカレーター式」の真実
進学できずに、親が訴えた結果…

「エスカレーター式」と聞くと、上の学校に進学できるのが当然、と思ってしまいます。ところが先日、エスカレーター式なのに、学力不足で進学が拒まれたというケースが某有名学校で発生し、親が学校を訴えるという事態に発展しているのです。

この裁判を参考に、エスカレーターとはなんなのかについて、弁護士の荘司雅彦さんが考えました。

その切符、本物ですか?

「これで息子(娘)は一流大学卒の切符を手に入れた!」

わが子が一流私立大学付属小学校に合格した瞬間、親の喜びは絶頂に達するのではないだろうか。

同時に親子ともども「大変な受験からようやく解放された!」という開放感に浸りながら、「これで私も一流小学校に通う子供を持つセレブの仲間入りができる」(案外、この喜びが一番大きいのかもしれないが)などと思い巡らしては、思わず笑みをこぼしているかもしれない。

しかし、本当にそれで安心していいのだろうか?

私立大の附属小学校に合格すれば、エスカレーター式に一流大学に進めると、多くの親は考える。「他の生徒さんに迷惑をかけるような粗暴な子供になって退学処分にでもなれば話は別ですが、そうなったらやむをえませんわ」という程度の認識だろうし、「ウチの子に限って退学処分になるはずがない」と高をくくっている人がほとんどのはず。

しかし、「学力が足りない」という理由で途中下車させられたとしたら…?ダチョウ倶楽部ではないが、学校を「訴えてやる!」という気持ちになっても不思議ではないだろう。

事実、息子が「学力不足」を理由に進学できなかったため、両親が学校を訴えたケースが発生しているのだ。

平成28年3月7日、東京地裁の判決で、幼稚園2校、小学校1校、中学校3校、高等学校3校、大学1校等を運営する学校法人を相手に、付属小学校6年生の息子が系列の中学校に進学できなかったことを理由に、両親が”小学校”を訴えた事件の判決があった。

 事案の概略は次のとおりだ。

 付属小学校の6年生だったA君(小学校をBにする)は、系列の付属中学校に進学しようとして内部進学単願試験を受けたが不合格となり、その後の一般入試も受けたがやはり不合格となってしまった。

そこで、A君の両親はこう考えた。

「担任教師が適切な受験指導をしていれば系列中学の偏差値に見合う他の中学を受けることができたはずであるのに、それを怠ったため同レベルの中学入試を受ける機会を失った」

そして、同学校法人に対して損害賠償を請求したのである。

それに対し、学校側も不当な提訴によって学校側の名誉が傷つけられたとして両親を相手に損害賠償の反訴を提起した。泥沼である。

学力不足は誰のせい?

我々法律の専門家から見ると、最も驚いたのは両者の主張に対する裁判所の判決理由だ。

裁判所は両親の請求も学校側の請求もいずれも認めずに請求棄却という判決を下したのだが、両親の請求を棄却した「判決理由」というのがあまりにも独善的かつ主観的で、少なくとも私には到底納得できない。

判決文の主要部分は次のとおり。やや長いが重要なので引用する。

<中学校までは義務教育であって、受験を必要とする中学校に進学するかどうかは、児童及び保護者のみが決定する事項であり、また、受験するとしてどの中学校を受験するかも、児童及び保護者のみが決定する事項である。

そうすると、小学校側と児童側との間に別段の合意がない限り、児童及び保護者の上記に係る決定に際し、小学校側には何らかの指導義務ないし助言義務が発生すると認めることはできず、仮に担任教諭において(中略)参考となる事項を説明したり、助言したりすることがあったとしても、決してそれは児童や保護者に対する義務として行っているものではないというべきである。

このことは、たとえ中学受験をする児童が多いB小学校の担任教諭であったとしても、異なるものではない>(引用「判例時報2296・115)

要するに、中学校は義務教育なのだから、たとえ系列中学に進学するためであっても学校側には受験指導や助言をする義務はないと裁判所は判断した訳である。

「おいおい、そりゃないだろう!」と思ったのは私だけではないはずだ。

厳しい小学受験に合格してエスカレーター式に系列の中学校、高等学校、大学に行けると思っていた親にとって、理由の如何を問わず内部進学できないというのは大変なショックだろう。しかも、その理由が不良行為等ではなく、学力不足というのなら、それまで学校に寄せてきた信頼(と高い授業料)は何だったのか!

畳み掛けるように、学校側には受験指導の義務はないと裁判所は言い切ったのである。

これでは親としてはたまったものではない。どうしようもない不良息子(娘)が退学処分を受けたのとは訳が違う。なぜなら、学力不足になったのは学校の責任でもあるはずだからだ。中学校は義務教育だから受験指導の義務はないというのは、付属小学校に子供を通わせている親から見れば、あまりにも現実離れした判断と言わざるをえない。

「無試験」だけど「無条件」ではない

〔PHOTO〕gettyimages

この判例を読んで、私は「はたしてエスカレーター式の学校というのは法律的にはいったいどうなっているのだろうか?」という素朴な疑問を抱いた。

そこで、同じような判例がないかと調べたところ、昭和63年の判決が同じく判例時報(1315・101)に掲載されていたので、それを読んでさらに驚愕することになった。

簡単に概要を説明すると次のとおりだ。

幼稚園から高等学校まで一貫教育が行われ、中学校への内部進学者は「無試験で入学できる」学校法人の小学校に在学していた生徒の両親が、内部進学できなかったことを理由に学校法人を訴えた事件である。学校側は、小学校在学生に学力判定テストをして一定基準を満たさない生徒を進学させなくとも違法ではないと反論した。本件も先の事案同様「学力不足」という理由で内部進学を拒絶された事案だ。

これに対し裁判所は、「学則で中学校への内部進学者は無試験で入学できる」となっているのは「無条件で入学させる」という意味ではない。小学校で実施したテストで成績不良であれば内部進学を認めなくても違法ではないと判断している。

ややわかりにくいかもしれない。つまり「無試験で系列中学校に進学できますよ」と小学校受験の時に約束していても、それは「一般入試を受けなくてもいい」という意味で、小学校での成績が悪ければ進学させなくても構わない。どこにも「無条件」とは書いていないから、というわけだ。

無試験で系列中学に進学でいると信じて小学受験を突破し、高い学費を払い続けた親の気持ちを考えると、私はこの判決に対して怒りさえ感じる。

しかし残念ながら、それが司法の判断である。私が調べた判例で唯一内部進学を認めたものも、「9年間を一体とするカリキュラムが組まれており、小中の職員室が一緒になっているなど制度的にも小中が一体化し、全員中学校に進学できますというチラシを配っていた」などの事情から、例外的に9年間の在学契約が認められたものがあるだけだった(判例時報1323・97)。

「エスカレーター」は存在しない

ここまで調べてきてはっきりしたことは、「エスカレーターなんて存在しない」し「裁判所もそれを認めない」ということだ。

世の中の親御さんが思っている「エスカレーター」は、単に上の系列学校に進学するにあたって、高めの下駄を履かせてくれる程度のものでしかない。黙って乗っていれば上がれるのではなく、他の生徒より有利な下駄を履かせてくれるという意味しかないのだ。

「でも、現実にはほとんどの生徒が系列大学まで進学しているじゃないの?」という意見もあるだろう。その点については、各学校の「内部進学率」をすべて調べるしかないが、昨今のように少子化が進んでいると、内部進学の基準が甘くなってはいるだろう。つまり、多くの生徒は大学まで進学できている可能性が高いということだ。

ただ、ここで忘れてはならないのは「肩たたき」が行われているという事実だ。これは、誰もが知っている屈指の名門中高でも行われている。内部進学拒否というドラスティックな手段を取ると角が立つので、「お子さんは上の学校に行っても付いていけないと思います。お子さんに適した学校を幾つかご紹介しますから、そちらへの進学を検討していただけませんか?」と子供の担任教師から迫られれば、たとえ不本意であっても内部進学を諦める親子が多いだろう。

内部進学を拒否された親子や「肩たたき」を受けて内部進学を諦めた親子はどう思うか。腹の中では「騙された」と感じながらも、世間体を気にして真実を語らずに泣き寝入りするケースがとても多いことは容易に想像できる。つまり、表に現れてこないから、私たちが気づかなかっただけ。実際には相当数の子供がエスカレーターから退場させられていると考えても間違いない。

とある教師が漏らしたホンネ

こうした学力が基準に到達しなかった子供を強制退場させることは合法としても、新たな疑問がわいてくる。それは、必要な学力を与えられなかったことについての責任は学校にないのか、ということだ。

全ての原因が学校の責任とは言わないまでも、系列校に内部進学できるレベルまでしっかり学習ケアする責任が学校や教師にはあるのではないか。

この疑問に対し、ある私大の付属校の教師はこう答えた。

「嫌なら来なきゃいいじゃないですか。お願いされたから入れてあげたのです。入学した以上は学校の方針に従いなさいよ。別にやめてもらっても構わないのですよ」

まさに上から目線。これが全てとはいわないが、そういう連中を教育者と呼ぶべきでなないと私は思う。

子供の成長は個人差があり、学力成績も年齢や環境によって大きくアップダウンするものだ。

運動神経は大きく伸ばせなくとも、学力はある程度までは伸ばすことができる。生徒の学力をある程度まで伸ばすのは教師としての義務だろう。生徒の学力を伸ばす努力を怠るような教師をのさばらせておきながら「学力不足」という理由だけでエスカレーターから放り出すのは、学校を信頼して子供を預けた親に対する背信行為と言っても過言ではない。

仮にそのような努力をせずに結果だけで「追放」するとしたら、それは決して許されることではない。

だが、一方で親も経済力を武器に、子供の学歴を確保したいという気持ちで小学校に入れているとすれば、それは褒められたことではない。学歴に全くそぐわない学力しか得られなくて一番困るのは、実は子供自身なのだ。学歴だけで渡っていけるほど今の社会は甘くはない。恵まれた立場に安住することなく、真摯に努力する心構えを養うのは主として親の責任だということを忘れてはならない。

学力を伸ばすための学校の役割と心構えを養う家庭の役割が相まって、初めてエスカレーター校(?)の真価が発揮されるのだろう。

(*写真はイメージです)

荘司 雅彦(しょうじ・まさひこ)
弁護士。1958年三重県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧日本長期信用銀行に入行。その後、野村證券投資信託(現 野村アセット)を経て、88年司法試験合格。91年弁護士登録。平均的弁護士の約10倍の案件を処理する傍ら、各種行政委員等を歴任。2008年~09年SBI大学院大学教授。「中学受験BIBLE」「本当にあったトンデモ法律トラブル」等著書多数。