野球
日本野球は「捕手信仰」が強いが、究極のキャッチャーとは何だろう
配球「だけ」ではない!

見る者の快感を引き出すキャッチャー

ダルビッシュ有(レンジャーズ)が5勝目をあげた8月29日(日本時間30日)のマリナーズ戦は、非常に印象深いものだった(実はこの試合はマリナーズ先発・岩隈久志との対決が注目されたのだが、岩隈は早々に降板したので、ここでは触れない)。

見ていると段々気持ちよくなってくる投球というものがある。この日がそうだった。

左打者の外角低めにズドーン、ズドーンと速球が決まる。150キロをゆうに超えるのもあれば、148~149キロくらいのボールもある。どうやらフォーシームとツーシームのようだ。

それだけではない。カーブを多投する。これがまたものすごい落差で落ちていって、打者はかすりもしない。

「ここでカーブを投げたら空振りするんだろうなあ」と思って見ていると、本当にカーブを投げてくれる。そして、メジャーの強打者たちが本当に不細工な空振りをする……。そりゃ1球ごとに快感が増していくというものだ。すごいなあ、ダルビッシュ。

で、ふと気づいた。このキャッチャー、うまいよな。誰だろうとよく見たら、ジョナサン・ルクロイだった。

オールスターにも出た捕手で、この7月31日にブルワーズからレンジャースに移籍した。彼はアメリカン・リーグ西地区首位を快走するレンジャースが優勝のために補強した捕手である。だから、うまいのは当たり前なのだろうけれど、それ以上のものがある。

プロのプレーを見る、という作業には、自分がやりたくても能力的に不可能なプレーを一流のプロ選手に代理でやってもらってそれを目撃する、という側面がある。自分の代理のプレーが成功するのを見ることで、われわれは快感を得るのだ。

少なくともこの日、ルクロイは見る者の快感を引き出すことのできるキャッチャーだった。

ヤクルトとDeNA、対照的な起用法

日本人は基本的に“捕手信仰”が強い。「優勝チームに名捕手あり」とか言うでしょう。野村克也さんが高い人気を維持しているのも、この国民性と無縁ではないだろう。

それにしては、現在の日本球界には、これという名捕手がいない。ひと昔前なら、古田敦也、伊東勤……と即座に名前があがったものだが。

今季、ちょっと面白いのが東京ヤクルトである。昨年、レギュラー捕手に定着し、日本代表の捕手にと推す人も多いのが、中村悠平だ。もちろんいいキャッチャーだと思いますが、たとえば彼にルクロイのような、惹きつけられるようなオーラは感じない(かつての古田にはあったと思う)。標準的な一軍の捕手だ。

ところが今季の前半戦、ヤクルトは下位に低迷し続けた。ここへ来てようやく、あわよくば3位を狙えるところまでは浮上してきた。この間、真中満監督が打った手の一つが、捕手を西田明央に代えることだった。

真中監督の面白いのは、昨年は捕手をほぼ中村ひとりで乗り切って優勝した。その実績を評価されたから、日本代表の正捕手にという声も出た。それなのに、今季はいったん中村を下げると、こんどは西田を使い続ける、という点だ。

正直に言って、西田がそれほどの捕手とは思えない。たまたま私が見た試合だけなのかもしれないが、簡単にパスボールをする。中村とどちらが上か、と言われても困る。

ただ「使い続ける」という真中采配によって、後半戦のヤクルトが浮上したのは事実だ。

もう一つ、興味深いチームがある。横浜DeNAである。去年までの中畑清監督は、とにかく手を変え品を変え、数多くの捕手を起用した。おそらく起用しているうちに、誰かがチャンスをつかんでレギュラーをとってほしい、という考え方だったのだろう。

対照的なのが、今季のアレックス・ラミレス監督である。

オープン戦が終わった時点で、今季の正捕手はルーキーの戸柱恭孝と明言したのである。ただし山口俊先発のときだけ相性を重視して、高城俊人を起用する。ラミレス監督はここまで、この開幕前の方針を貫き通している。

この信念は、敬服に値する。戸柱ねえ……と最初は思ったが(失礼ながら彼の容姿にオーラを感じない)、3位、あるいは2位も夢ではないという今季の成績と、この起用は無関係ではない。

捕手固定が成績に反映

そうやって考えてみると、広島カープが今季、首位を快走する陰の要因が見えてくる。

カープはここ数年、ベテラン石原慶幸、若手・會澤翼の2人の捕手併用でやってきた。正捕手は石原だが、基本的には會澤がレギュラーに近づきつつある、というチーム状況だった(會澤は去年オールスターに出場、ホームランを打ってMVPに輝いた)。

ところが、緒方孝市監督は、今季前半、石原をほぼ固定して使ったのである。

個人的には、37歳の石原より、28歳の會澤をレギュラーで起用するべきだと考える。だが、今季、石原のリードがさえて首位を快走する要因になったことは否定できない

(つまり、もし私が監督だったら、今年の優勝はなかったということですな(笑)。ただし、8月以降、徐々に會澤の起用が増えている。明らかに、7月までよりリードが良くなっているように見える)。

石原がもっとも優れているのは、キャッチングの技術である。これについてはカープOB評論家の達川光男さんが、聞きあきるくらいくり返し力説している。

つまり、捕球の時にミットがボールに負けることなく、パシッと捕るから、微妙なコースのボールを審判がストライクと手を上げやすいのだ。これは、おそらくキャッチャーとして、きわめて重要な技術である。そして、たしかに、キャッチングについては、石原が12球団一かもしれない。

ここでたとえば、8月28日の巨人対横浜DeNA戦の事件を思い出してみるとよい。
6回裏無死一塁。巨人の先発投手マイコラスは、筒香嘉智に四球を出したあと、捕手の小林誠司に向かって、<「グラブをしっかり止めろ!」とジェスチャーで訴えた>(日刊スポーツ8月29日付)。

つまり、こら小林、おまえのキャッチングが悪いから、ストライクにとってもらえないじゃないかと、マイコラスはいわば“禁断の抗議”をしたわけだ(マイコラス自身は試合後「雑談だよ」とごまかしたそうなので、私が成りかわって、言ってみた)。

巨人も阿部慎之助に体力的な衰えが目立ち、捕手はほぼ小林がレギュラーである。たしかに強肩で盗塁は刺すが、その他に何か魅力があるか、と言われると、なかなか言葉が出ない。2位を確保するのに汲汲とする今季の現状の、一つの要因と言っていいだろう。

さらに低迷している阪神、中日をみると、何人かの正捕手候補をとっかえひっかえ使っているという感が否めない。今日、彼が先発する根拠は何か、と問われても明確な理由は、おそらくない。

それにひき比べると、自らの評価に従って正捕手を固定し、チームを上位に引き上げたラミレス監督の手腕は特筆に値する。

“たたずまい”のいいキャッチャーが見たい

事態はパ・リーグに目を移しても、似たりよったりで、「二強」福岡ソフトバンク、北海道日本ハムにも、絶対的な存在といえる捕手はいない。

ひとつ、例を出しておく。8月31日の楽天対日本ハム戦は、13-4で楽天が圧勝した。日本ハムにとっては、優勝争いのさなか、痛い敗戦である。宮本慎也さんは、例によって舌鋒鋭くこう批判している。

日本ハムの先発メンドーサは、故障明けで余裕のない状態だったが、<しかし、そんな投手をフォローするのが捕手の役目だが、大野は淡々と球を受け、返球するだけだった>(日刊スポーツ9月1日付)

大野奨太といえば、日本ハムのいわば正捕手格である。ただ、この批判は、ひとり大野だけに向けられたのではない普遍性を帯びている、と解するべきだ。「オーラ」という言葉の対極にある、「淡々と球を受け、返球する」正捕手候補が多すぎないか。

と、ここまで書いてきて、この事態は何なのだろう、とあらためて思う。

この国において、捕手とは、まずは配球である。これは捕手の性(さが)といってもいい。だから捕手出身の解説者は、一様に延々と配球を語り続ける。

おそらく問題はその先なのだ。配球は、いわば前提であって、私は、捕手とは“たたずまい”だと思う。

サインを出し、構え、捕球し、返球し、打者を観察し、再びすわってサインを出す。この動き、姿勢に、リズムがあって、おのずから投手のいいボールを引き出してみせる。そこにカッコよさを発揮する存在こそ、捕手である--。そういう文化が日本野球には不足していないか。配球至上主義に偏してはいないか。

達川さんが阪神対広島戦を解説していたときのこと。阪神の3番手だっただろうか、ルーキー捕手・坂本誠志郎が起用された。

それを達川さんはほめちぎった。

要するにキャッチングがいい、一連の動作のリズムがいいというのだ。

言われてみれば、まさにその通り。おお、こういうキャッチャーに捕ってほしいなあ、と素直に思える捕手だった。
 
あのダルビッシュはルクロイと初めて組んだ8月2日、サインに首を振った3球をいずれもホームランされたという。「彼をもっと信用するべきだと思う」と語ったそうだ。

おとぎ噺のような、でもカッコいい話ではないか。

“たたずまい”のいい捕手を、私は見たい。

上田哲之(うえだ・てつゆき)
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。