週刊現代
東京地検が認めた「でっち上げ捜査」の真相〜ズサンな正義の組織
暴いたのは一人の弁護士だった

発生から2年が経った暴行事件で、突然、逮捕者が出た。不可解な起訴に憤る担当弁護士。無実の罪を晴らす「新証拠」を探すなかで、警察、検察の杜撰な捜査が明らかになっていく——。

ある寒い日、深夜の出来事

「目撃者の証言を過度に信用し、客観的証拠が不十分だった。身柄を拘束したことについて、心よりお詫び申し上げます」

7月21日、記者会見の会場に現れた東京地方検察庁の落合義和次席検事がこう述べると、その異例の発言に会場の記者たちはざわめいた。

この日東京地検は、ある事件について起訴を取り消したことを発表。そして、被告人とされた中国人二人を誤って勾留し続けていたことについて謝罪したのである。

東京地検といえば、ロッキード事件やリクルート事件の時代ほどの威光はないとはいえ、我こそは正義というプライドに満ちたエリート集団。その分、彼らは自分たちの過ちを認めたくない生き物でもある。そんな組織が、いったいどのようにして誤認起訴という屈辱的な事実を認めるにいたったのか。

問題をあぶり出すのに重要な役割を果たしたのは、ひとりの弁護士、牛田喬允氏だった。

事件が発生したのは、'14年1月22日の未明である。居酒屋が軒を連ねる東京・八王子の繁華街の道路を、一台の車が徐行していた。

午前0時過ぎ、車の運転手は、助手席の窓ガラスやボディが何者かに蹴られていることに気づく。運転手は複数いるらしきその不審者たちに強く声をかけたが、彼らは即座に立ち去った。不審に思った運転手は車を降り、110番通報する。

運転手が道端で周囲の人々と話していると、突如そこに、先ほどの不審者たちが戻ってきた。運転手に因縁をつけたかと思うと、彼を殴りつけ、蹴り上げた。彼らは、止めに入った通行人1人にも暴行を浴びせる。

しばらく暴行を続けた後、不審者らは現場から離れ、タクシーに乗り込んで逃亡。姿を消した。最低気温が2℃まで下がる寒い日の、突然の出来事だった。

「被害にあった二人は、頭部打撲などでそれぞれ全治2週間、1ヵ月の怪我となりました。

管轄は八王子署。事件発生直後から、警察は犯人が2~3人組であるとして、捜査線上に浮上した人物の写真数十枚を被害者や目撃者に見せる『写真面割り』などで、捜査をしていたようです」(全国紙社会部記者)

だが、捜査に目覚ましい進展はなかった。周囲からは、事件は解決を見ないまま闇に消えるかに思われていた。

「あなたが犯人だ」

事件が動いたのは今年の3月のこと。八王子署は、同17日に中国人のAさん、その後、Aさんの友人である中国人のBさんをこの事件の犯人として逮捕したのである。前出の記者が言う。

「AさんとBさんは、事件当日に現場から少し離れた場所でケンカをしており、それで関係者として浮上したと見られます。

Bさんが逮捕されたのは3月30日。Bさんのもとに警察官が乗り込んできて、『2年間捜査してきて、あなたが犯人だということはわかっている』といったことを述べ、逮捕状を突きつけてきたそうです」

なぜ突然の逮捕だったのか。日本と中国を行き来していた二人が日本に戻ってきたタイミングで、警察は再び面割りを行い逮捕に踏み切ったと見られている。

八王子署に勾留されたBさんの弁護人として選任されたのが、先述の牛田氏だった。4月、牛田氏は署の接見室に赴き、Bさんと向き合い、時間をかけて話した。そのなかでBさんは犯人ではないという印象を持ったという。牛田氏が述懐する。

「当初は『私は犯人ではありません』と言われても信じられませんでしたが、少しずつ話を聞くなかで、弁解が合理的で、曇りがないことがわかりました。この人は嘘をついていない、疑わしいところがないと思いました。

それにBさんは勾留に憔悴していて、取り調べの勢いに押されて虚偽の自白をしかねないように見えました。信じて戦うと決めました」

〔PHOTO〕iStock

検察は4月7日にAさん、20日にBさんを起訴。

事態が転回したのは5月中旬である。検察から弁護人や被告人に証拠が提示される「証拠開示」が行われた。証拠について記載された書面が、司法協会から牛田氏の手元にも届く。牛田氏はそれに目を通し、驚愕した。

「客観的証拠がなかったんです。防犯カメラの映像があるらしいということは事前に聞いていましたが、犯行現場のものかと思っていたら、現場近くの街角のカメラの映像が挙げられているだけ。

検察は、起訴したからにはもっと確実な証拠を持っているのだろうと思っていたのに、まったくそれがない。驚きました」

そして皮肉なことに、検察が提出した証拠の一部が、むしろ彼ら自身の首を絞める材料となっていく。牛田氏がそれらの証拠を検討するなかで、小さな引っ掛かりを覚えたのである。

ドライブレコーダーを探せ

「検察の証拠のなかにあった、タクシー会社とタクシー運転手についての記述です。検察は犯人がタクシーで逃げたことを証明するため、その存在を示していました。にもかかわらず、タクシーのドライブレコーダーの映像は提出されていない。

そこでふと思ったのは、もしレコーダーが存在すれば大きな証拠になるのではないかということ。確証はありませんでしたが調べる価値はあると思いました」(牛田氏)

牛田氏は、証拠資料に記載されていたタクシーの運転手に電話をかけた。最初はつながらない。何度目かでやっとつながった。運転手は、「(レコーダーは)あります」と言った。牛田氏が振り返る。

「びっくりしました。あるのかって。ただ、『2年も経っているのでデータが残っているかわからない。会社に聞いてください』と言われました」

今度はすぐにタクシー会社の支所に電話をかける。「(データは)ありますよ。見に来ていただければ見せますよ」と驚くような返答があった。

「翌日、支所に出向くと、担当の所長さんから『すみません、本社に確認したらやはりコンプライアンスの問題でお見せできません』と言われてしまった。2時間粘りましたが、ダメでした。結局、その方に、映像の人物とAさんBさんの写真を見比べてもらい『違うように見えます』という意見は聞けました。でも、とにかく自分の目で映像を確認したかった」(牛田氏)

牛田氏は、弁護士会を通じて必要事項の調査、照会を依頼する「弁護士会照会制度」を用いて、ドライブレコーダーを提出してもらう。

「データをもらったのは6月7日。タクシー会社からデータを受け取り、すぐに車のなかでノートパソコンを広げて見ました。粗い画像でしたが、後部座席に2人、助手席に1人乗っていて、助手席の人物の顔は明確にAさんともBさんとも違う。後部座席の人物も別人に見えました。

また、のちにわかったことですが、犯人たちのやり取りには、中国語のほかに韓国語も交じっていました。AさんもBさんも韓国語はしゃべれません」(牛田氏)

6月22日、初公判を迎える。この日、Aさん、Bさんの二人は容疑を明確に否認。牛田氏は検察の出方を窺うためにドライブレコーダーの存在は温存する。

6月30日、第2回公判。牛田氏はドライブレコーダーの存在を裁判所と検察に指摘する。だが、「満を持して」という思いではなかった。

「このときにレコーダーを提出したのは、早く二人の身柄を解放したかったから。本当なら、レコーダーに映っていた人物を特定するなり、そこに映っている人物がAさんBさんと違うという鑑定結果を待ってから提出したかったんです。

でも、当初からBさんは早く解放されたいと言っていましたから、その利益を優先しました。Bさんには、第2回公判の前にレコーダーの存在について伝えていました。『あった、あった!』と喜んでいましたね」

警察の捜査もひどかった

レコーダーの提示が効力を示したのだろう。7月5日、7日にAさん、Bさんは、ともに90日以上の拘束から解かれ、ようやく保釈された。

そして7月12日。

「東京地裁立川支部で、裁判官、検察、弁護人が揃って三者協議が行われました。その場で、事件を担当する起訴検事から『地検として起訴を取り下げます。今後、訴訟活動もしません』と伝えられたのです」(牛田氏)

東京地検には、裁判を続け無罪に終わらせるという選択肢もあった。しかし彼らがそれを選ぶことはなかった。自分たちのでっち上げたストーリーが無理筋だったということを、まざまざと突きつけられたのだろう。

その後、冒頭のように謝罪会見が行われ、地検は正式に誤認起訴だったことを認めたのである。

起訴取り消し以降、警察、検察の捜査の仕方に問題があったことが明らかになりつつある。

そもそも、警察はドライブレコーダーの存在を認識していた。

「タクシー運転手の方が、事件直後、警察署に持って行っていたのです。しかしその日はソフトがなかったため、見られなかったようです」(牛田氏)

さらに検察は、警察から上がってきた調書の目撃者証言を捻じ曲げていたという疑いも持たれている。前出の記者が言う。

「警察の調書には、犯人は日本語が片言という旨が書かれていましたが、検察の調書では、『片言とはイントネーションが違うという意味』と書かれていました。AさんBさんが日本語に堪能であったことから、検察が都合よくつくり変えたと見られても仕方ありません。

犯人の身長についての目撃証言に関しても、警察の調書と検察のものでは矛盾が見られます」

また、検察は写真面割りと目撃証言に頼って起訴に至ったといえるが、そもそも面割りは決定的な証拠になりにくい。元検察官で郷原総合コンプライアンス法律事務所代表の郷原信郎氏が言う。

「写真面割りと目撃証言だけで逮捕、起訴するというのはありえないことです。目撃者は、すでに抽出された選択肢から選ぶから、『このなかに犯人がいる』という先入観を持ってしまい、記憶が曖昧でも誰かを選んでしまう。危険なことです」

現在、Bさんは国家賠償請求を行うか否かを検討しているというが、たとえ賠償金を得ても勾留された時間と、そのときに失った信頼は二度と取り戻せない。「正義の組織」であるはずの検察が奪ったものはあまりに大きい。

「週刊現代」2016年9月10日号より