国家・民族
ある在日3世の独白「私はなぜ、遠藤姓を名乗るのか」
関東大震災。こんな日本人がいた

「いつか話さなければならないと思っていた」

京都市伏見区に住む遠藤道雄さん(68)。本名は朴龍基。在日朝鮮人3世だが、ふだんは通名の「遠藤」を名乗って生活している。在日コリアンの歴史を少しでも知る読者なら、遠藤という通名が他にはない珍しい名であることに気づくはずだ。
 
なぜ「遠藤」なのか。遠藤さんがその名の由来を知ったのは高校生の時、親戚が集まる法事の席だった。何とはなしに「なんでうちの通名は遠藤なのか?」という話題になったという。

すると叔父(遠藤さんの父親の弟)が、やおら神妙な面持ちになった。

「いつかお前たちにも話さなければならないと思っていた。今から話す内容は、お前たちの子どもの代にも伝えてくれ。その次の代にも伝わるように……」

叔父は、その約40年前に関東地方で大地震が起きたこと、地震後の混乱のなか、自分たちの父親、朴栄業がいかにして生きのびたのか、とつとつと話しはじめた――。

1923年9月1日の午前11時58分、関東一帯に激震が走った。関東大震災だ。約190万人が被災し、10万5000人あまりが死亡もしくは行方不明となる。

そして、今に語り継がれる局面が出現した。

「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が暴動を起こしている」といった流言飛語がとびかい、それをうけ、各地で治安維持という大義の下、自警団が結成されはじめたのだ。道行く朝鮮人を捕まえては暴行し、虐殺した。

【PHOTO】gettyimages

朝鮮人コミュニティでも「同胞が殺されている」という情報が行き交う。戦慄が走った朝鮮人のなかに、朴栄業がいた。日本の植民地下にあった朝鮮では仕事が得られず、生きる糧を求めて日本に渡って来ていたのだ。

朴栄業は、災禍のなか弟とともに命からがら逃げまどったという。どこまで逃げたのか、どこに行き着いたのか、それすら記憶にないほど無我夢中になって走った。記憶にあるのは、あたりが農村風景だったということだけだ。

精も根も尽き果て、弟とふたりで草の茂みに隠れていた時だった。一人の男が近づいてきた。ふたりを見つけ、言った。

「お前ら、朝鮮人か」

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