週刊現代
レスリング「スキンヘッドの名伯楽」栄和人・独占インタビュー
あなたに金メダルをあげたい

鋼の心はこうして作られた

川井に肩車され、日の丸を広げる。師弟の絆の深さを感じさせた〔PHOTO〕gettyimages

「登坂、川井、土性の3人が金メダルをとれたのも、沙保里(吉田)が私や馨(伊調)に気を遣い、チームを引っ張ってくれたおかげ。沙保里は金メダル以上の銀だと思う」

6階級で金メダル4つに銀メダル1つ。リオデジャネイロ五輪で世界を圧倒した女子レスリング日本代表のマット脇にいた男は、そう大会を総括した。

栄和人。56歳。

初の金メダルを獲得した63kg級の川井梨紗子(21歳)に試合終了直後、マットで投げられたシーンは日本中を沸かせた。銀メダルに終わった吉田沙保里(33歳)には試合後、静かに寄り添った。代表6人はすべて至学館大学の教え子。閉会式直前のリオで、栄は本誌のインタビューに答えた。

「坂道とか階段で、質・量ともにみなさんが想像もつかないような練習をしています。普段から相当なプレッシャーをかける練習をすることで心が強くなっていくんです」

厳しい追い込みは、今回の五輪で土壇場での強さにつながった。48kg級の登坂絵莉(22歳)は残り2秒でタックルが決まり、逆転。58kg級の伊調馨(32歳)も残り4秒で2ポイントを獲得。69kg級の土性沙羅(21歳)も、残り40秒まで負けていた。

女子代表が練習拠点として使う新潟・十日町の「桜花レスリング道場」の近くの山に、約9㎞のランニングコースがある。そこは年配の人なら途中で何度も休まなければ上れない急勾配の坂道が100m続く。リオ五輪直前の7月、代表勢はそこをダッシュし、2人1組で互いを背負って駆け上がった。坂道での鍛練を終えた後、吉田は思わず「この走りは、これで一生、終わり」ともらしたという。

栄は、選手のご機嫌とりは一切しない。吉田が19歳の頃、全日本選手権で、当時ライバルだった山本聖子に残り数秒で逆転負け。勝った、と確信して油断したことを怒った栄は、戻ってきた吉田の頬を叩いた。

「選手との信頼関係などは一切気にしない」が口癖だが、一方で栄には深い愛情がある。だから目に涙をためて、選手を鼓舞する。

「ちょっと疲れてきました。身体を壊しているんですよ。胃が痛い。病気?いや、プレッシャーですよ」

目指すは4年後の6階級金メダル。東京で満開の桜を咲かせたい。栄は、もう戦闘モードに入っている。

金メダルをとった川井に試合後、投げられる。最高の笑顔だ〔PHOTO〕gettyimages

王国を作り上げた人を見抜く「目」

「至学館大学の好循環は、なかなか真似できないですよ。私が現役時代に所属した京樽をやめて'96年に高校(当時・中京女子大附高)に赴任するとき、日本女子レスリングを創設した福田(富昭)さんに相談してね。高校の先生をしながら学校教育としてやることはいいことだと言っていただいた。当初7年の予定がもっと長くなり、伊調馨なんて11年ぐらい見ました」

そう明かす栄は、強い選手を輩出し続け、現在は至学館大監督と日本レスリング協会の強化本部長を兼任するまでになった。

単純に実績のある選手を集めているのではない。選手の力量、将来性を見抜く抜群の栄の「目」によって、選手同士が化学反応を起こす。女子レスリングを長く取材するライターの宮崎俊哉氏が明かす。

「ロンドン五輪の48kg級で金メダルを獲得した坂本日登美(現姓・小原)は青森の八戸工大一高時代、高校選手権の50kg級で優勝しましたが、シニアの大会には出たことがなかった。だから大学入学後の力は未知数だったのですが、栄さんは入学した坂本を見て『この子は優勝するよ』と予言しました。坂本のテクニックと栄さんの猛練習に耐えられる体力、そして向上心が理由のようでしたが、坂本は本当に、その年の全日本選手権で勝ったんです」

その目は、坂本の後継者となった登坂絵莉にも向けられた。宮崎氏が続ける。

「栄さんは登坂に高校1年生の時から注目し、将来性を見込んで、階級が違う吉田沙保里と何度もスパーリングをさせた。全く相手にならなくても、マットに何度も戻していました」

栄は練習メニューを組む場合、力がある者に合わせた練習メニューを組む。そうやって「できない者」が「できる者」と同じことを成功させる、という経験が財産になると考えるからだ。

「若い頃は誰しもいきなりトップにはなれない。でも、実績を積んだ先輩の姿を見て、後輩が受け継ぐことができる。ウチはメンバーに恵まれている」(栄)

強いチームを作っているのは、まぎれもなく栄の目なのだ。

かわいい教え子たちはみんな「家族」

スキンヘッドが目立つ栄も、髪の毛が生えていた若い頃は、優秀なレスリング選手だった。62kg級では全日本選手権で6回優勝、'88年のソウル五輪にも出場した。その後、協会幹部のすすめで、当時まだ五輪種目ではなかった女子の指導者に就任。女子を教えながら選手も続け、'92年のバルセロナ五輪も目指した。

「(女子の指導は)最初は難しかったですね。正直、やっていられないな、と思って、現役復帰しましたから(笑)。男子なら1言えば10理解できるところを、女子は1から10まで言わないと動かないし、すぐ不安になる。指導が一人の選手に偏ると、ほかの選手の妬みや不満が募る。強くしたい一心で叱る言葉が乱暴になれば『あなたにはついていけない』と冷ややかなムードになる。だから選手とケンカもしましたし、試行錯誤の連続でした」

男子より依存性が高い女子には、とことん面倒を見てあげる「家族」のような密な接し方が、強くする近道だと感じた。'96年、中京女子大学附属高(現・至学館高校)に赴任すると一戸建てを購入。伊調馨らを住まわせ、マットの上だけでなく私生活から面倒を見た。レスリングを取材するスポーツ紙担当記者が明かす。

「マットを離れると手品が得意で、食事の時に披露して選手を笑わせるような人です。最近は選手とはもちろん、選手の両親ともメールでつながっていて頻繁に連絡をとって選手の情報交換をしています。

栄さんは2度結婚していますが、前の奥さんは元世界王者の坂本涼子さんで、'08年に再婚した岩間怜那さんも世界選手権銀メダリスト。今の奥さんは、吉田が『ネエネ』と呼んで信頼を寄せている人です」

前妻との間に生まれた栄希和は60kg級の選手で、東京五輪でのメダルも期待される。教え子も家族同然に付き合う「栄ファミリー」の絆は強い。

さかえ・かずひと/'60年6月19日、鹿児島県生まれ。鹿児島商工高(現・樟南高)―日体大卒。'88年にソウル五輪に出場。'96年に京樽を退社し、中京女子大附高(現・至学館高)教諭に赴任。'03年から中京女子大(現・至学館大)レスリング部監督を務める

「週刊現代」2016年9月10日号より