「人生最高の10冊」今週の選者は、沖縄、被差別部落、生活史方法論などを研究する社会学者・岸政彦さん。「他者の痕跡や物語にきらめきを感じる」という岸さん、そのセレクトは社会史からSF・ファンタジー、コミック、雑誌までジャンルは多岐に渡ります。
振り返ってみると、子供のときから好きで読んできた本には、「大きな歴史に翻弄される個人」を描いたものが多かったように思えます。主人公が自分の意思とは関係なく右往左往させられる。ドストエフスキーなどがそれに当たるんでしょうけど、文学といわれるものがどうも退屈で。親しんだのは海外のSFやファンタジー、国内では筒井康隆です。あるいは鎌田慧、本多勝一の社会問題を扱ったルポルタージュでした。
10冊に絞るのに随分迷いましたが、アタマの3冊は社会史の本です。
『戦争は女の顔をしていない』は著者が昨年ノーベル文学賞を受賞した作家の作品で、衝撃を受けました。
第二次世界大戦でドイツが攻め込んできたとき、兵士として従軍した女性が旧ソ連に100万人いたのですが、そんな彼女らの語られることのなかった証言集です。当初は共産党時代に出版しようとしたものの、ナチスドイツとの戦争を誇らしく美化するように言われたことに反発し、ありのままを書こうとして差し止められたそうです。
とにかくディテールがすごくて、若い女性たちがどのようにして戦争に参加し、悲惨な運命を辿ったのかが克明に描かれている。語り終わった女性の震える身体を抱きしめた、など実際に聞き取りをしたからこその臨場感も味わえます。この本は自分の仕事を振り返るきっかけになりました。
いま沖縄戦を体験した人たちへの聞き取りをしていて、100年、200年経っても貴重な資料となるアーカイブにしたいと考えています。その作業をしていたときにこの本を読み、自分がやろうとしていることは間違ってなかったと思いました。
次のスタッズ・ターケルの『アメリカの分裂』は、レーガン大統領により大きく変動しようとしていた'80年代のアメリカを舞台にした、あらゆる階層の個人のインタビュー集。学校や職場、信迎についてなど、話題は様々です。
ターケルを知ったのは高校生のときで、いつかこういうものを書きたいと思ったのを覚えています。個人の人生が垣間見えるということでは、10位の『ポンプ』とターケルは一本の線につながっています。
『口述の生活史 或る女の愛と呪いの日本近代』は、社会学の世界では伝説的な本で、「奥のオバァ」と呼ばれる女性の口述をまとめたものです。
著者の中野卓さんは私と同じ社会学者。公害調査のため、岡山の水島コンビナートを訪れたときに、たまたま出会ったお婆さんに惹かれて、東京から何回も通い詰めてその話を本にまとめられた。彼女の口から語られる満州や北朝鮮での体験談は、大きな渦の中で個人が翻弄されていく日本の近代史そのもの。
オバァが暮らすのは山と海に挟まれた小さな村で、インタビューを終えた中野さんが「じゃあ、帰ります」と家を出たとき、一番に目に入ったのはおそらく石油コンビナートだったはず。近代社会と個の対比をいちばんに伝えたかったのではないでしょうか。
カート・ヴォネガットやP.K.ディックといったSF小説にはまったのは大学生のとき。4位に挙げたヴォネガットの『タイタンの妖女』では、話の途中で突然、主人公が火星で軍事教練を受けている話に切り替わる。倒れそうなほどの目眩を感じました。
話はユーモラスな不条理劇ですが、過酷で皮肉な運命に翻弄される何の価値もない個人の人生に胸を打たれました。そして、最後に、もっとも切ない恋愛が描かれます。
最後に挙げた『ポンプ』は、僕が中学に入ったぐらいの頃にあった雑誌です。『ロッキング・オン』を創刊された橘川幸夫さんが編集長で、まるまる読者の投稿欄だけで出来ている。後に漫画家として有名になった岡崎京子さんがイラストを載せたりして、すごくはまりました。僕自身はほとんど投稿しませんでしたが、雑誌を並べて眺めては、よくうっとりしていました(笑)。
ただ、実家を出るときに全部捨ててしまって。今となっては悔やんでも悔やみきれません。「社会学」を仕事にするにあたって影響を受けたという点で、この雑誌は外せません。
僕は社交的な性格ではあるんですが、人とトラブルになることが多くて、どうも人付き合いが苦手なんです。『断片的なものの社会学』という自著にも書きましたが、幼稚園のときから小石やガラスの破片、鉄など硬くて冷たい部品を集めるのが好きで、見ていて飽きなかった。
他人にとってはゴミでしかない無機質な欠片ですが、そこに他者の痕跡や物語を感じる。それは今も昔も変わりません。
(構成/朝山実)
▼最近読んだ1冊