日本はいつの間にか「生殖医療大国」になっていた
わずか10年で5倍になった、あの数字

最初に願望ありき

比較的すいた通勤電車に乗り、運よく腰かけることができると、向かい側の座席に座る人々が何をしているか観察する方は多いだろう。つい先ほど乗った地下鉄千代田線の私の目の前、7人掛けのロングシートに座る人たちのうち、少なくとも6人がスマホや携帯をいじっていた。

ネットを見ているのか、ゲームをしているのか。さて私の隣人をチラリと覗くと、スマホを見ていたが、どうやら電子書籍を読んでいるようで、少しホッとする。この思いを共有する方が、おそらく今これをお読みなのではないだろうか。

もし20年くらい前の同様の光景を思い返せば、この状況で、おそらく7人のうち、4人くらいは新聞や文庫本などを読み、さまざまな活字情報を吸収していたと思う。ただし、残り3人のうち多くは、ことによると、居眠りしていたかもしれない。

この時間の使い方の変化が起こるのに、20年間の通信機器のイノベーションが不可欠であったのは間違いない。総務省によれば、携帯やスマホの普及率は、1994年度末に3・5%にすぎなかったのが、2011年末には(20年たたないうちに)100%を超えて、ひとり1台以上になっている。ひとりひとりの求めていたことが、イノベーションで実現されたのだ。

今日のように、どこでもネットにつながり、どこからも連絡のないつかの間の安息だった国際線フライトの機中まで、電話ばかりかメールにまで追いかけられる時代が来るとは、以前はとても予想できなかった。それも、誰の手にも入る方法・手段になるとは。

しかし、人の行動や、その行動選択を行うに至る考え方や方法・手段には、他にもきわめて短期間に思いがけず大きく変化した部分が多数ある。そして21世紀になって、特にこの10年、とりわけ最近5年間で、その変化速度はさらに著しく加速しているのだ。

増え続ける「生殖医療チャイルド」

わが国の少子高齢化が、将来の人口構成、社会保障など、未来の展望を不透明にしていることは、いうまでもない。なにしろ世紀末が大きな話題となった1999年に約117万8000人だった年間出生数は、2014年には約100万4000人となり、15年で約15%減少した。この変化速度は尋常でない。

こどもを持つという行動が変化した背景に数多くの要因が存在するが、とりあえず置いておき、ここでは出生数の減少と並行して同一期間に進行した、さらに著しい変化をお示ししたい。

それは、不妊治療を受けてこどもを持つカップルが著しく増加したことである。なかでも、体外受精などの生殖医療による年間出生数は、急増した。その数は、20世紀末には1万人強だった(1%以下である)が、2013年には、4万人をはるかに超え、4倍以上となった。

すなわち、この年、わが国で生まれるこどもの24人に1人(4%以上)は、生殖医療により妊娠したこどもなのだ。その数と比率は、なお年々増加している。

この背景にも、複雑な要因が考えられる。ただ、もっとも単純でわかりやすい理由は、不妊治療へのアクセスが容易になったことだろう。

わが国には600程度の生殖医療施設が存在し、治療費が比較的安価で、そのほぼ半額を公費負担するケースが多い。このシステムは、日本を世界で最大数の生殖医療が毎年施行される国にしているのだ(なんと2012年には、世界中の生殖医療の約24%が日本で行われた)。

しかし、数ある要因のうち焦点とすべきは、人々が「生殖医療」を選択する行動に至る背景と経緯である。そこには、考え方や価値観の多様化、さらには多様な生き方や性、家族のかたちを受容する動きが、間違いなく重要要素として存在する。

また忘れてはならないのは、この領域にも、数々の画期的なイノベーションが起こったことである。筆者の近著『生殖医療の衝撃』(講談社現代新書)では、まず、これら絡んだ毛糸のように複雑な数々の要素を解きほぐす試みをした。

医療分野では、今世紀になり遺伝医学、遺伝子診断の重要性、不可避性が、日々明確になっている。次世代シークエンサーと呼ばれる全遺伝子を解析できる最新機器が実用化され、がんや生活習慣病をはじめ、あらゆる疾病の病態を知り、正確な診断のもとに最適な治療を選択するのに、遺伝子診断が不可欠となる日が、目前まで来ている。

そして「生殖医療」の現場には、遺伝医学、遺伝子診断の重要性、不可避性が、既にもっとも早期から端的に出現しているのだ。なぜなら、「こどもを持つ」というもっとも一般的で普遍性のある希望を叶える手段・方法として「生殖医療」は選択され、数々のイノベーションがそれを加速してきたからだ。

わが国の「遺伝子診断」の将来は、「生殖医療」という望遠鏡で、より近くに引き寄せて観察することが可能だと思われるのである。

石原理(いしはら・おさむ)
埼玉医科大学教授。1954年東京生まれ。群馬大学医学部卒業。東京大学医学部産科婦人科、ロンドン大学ハマースミス病院などを経て、埼玉医科大学医学部産科婦人科教授。学生・医師の教育と生殖医療の現場に携わりながら、医療のあり方についての研究・フィールドワークを行う

読書人の雑誌「本」2016年9月号より