読書人の雑誌「本」
我々はいま「近代世界システム」の崩壊に立ち会っている
「情報」の歴史が語るもの

情報に翻弄される社会

情報は「かたち」をもたず、目に見えない。その情報を可視化し、歴史の中心に据える。それが長年私の課題であった。

世界は情報で溢れており、情報の歪みが、経済活動に致命的影響を与えることもある。

リーマンブラザーズが倒産したのも、サブプライム住宅ローンに関して、家屋に低い査定額を出した情報はインターネットには出されず、高い査定額を出した情報だけが流され、リーマンブラザーズは、その情報だけを信じたからである。そのような世界は、「情報による不安定性」がある社会である。

リーマンショックの統計的な規模は、1929年の世界恐慌にくらべれば小さい。しかし、1929年にはアメリカの恐慌が世界全体に波及するのに数ヵ月かかったのに対し、リーマンショックの影響は、たちまちのうちに世界全体に波及することになった。インターネットによって、世界全体が過剰に結びつけられているからである。

このように、情報に翻弄される社会はどのようにして形成されたのか。その疑問に答えるために書いたのが、拙著『〈情報〉帝国の興亡――ソフトパワーの五〇〇年史』(講談社現代新書)である。

同書では、情報の非対称性(各人の持つ情報が大きく異なる)が少なくなる近世から、「情報による不安定性」により、社会が不安定になっていく現代社会への変貌が描かれている。

覇権国家の終焉

世界経済の中核は、商業情報の中心でもある。多くの商業情報が集まり、あちこちに広まっていく。

そのために、情報の非対称性は少なくなり、多数の人びとが市場に参入できる社会が誕生した。このようなシステムが誕生し、持続的経済成長が可能になったのである。

そして商業情報が広まるまで、情報が集積される世界経済の中核は有利な地位につくことができる。同書ではそのようなシステムを、アメリカの社会学者ウォーラーステインにならい、「近代世界システム」とした。

15世紀にグーテンベルクが活版印刷術を発明すると、商業情報の百科全書ともいえる「商人の手引」が印刷され、カトリック、プロテスタント、場合によってはユダヤ人も読んだ。それにより、ヨーロッパの商業慣行は統一され、宗派の異なる商人の取引が可能になった。

活版印刷の様子〔PHOTO〕gettyimages

そのために、16世紀末からオランダのアムステルダムがヨーロッパの出版業の中心となり、商業情報の中核となった。オランダのヘゲモニーは、商人たちのネットワークを大きな基盤とした。

19世紀後半にヘゲモニー国家になったイギリスには、電信という「見えざる武器」があった。イギリス製の電信は世界中におよび、世界の商業情報は、ロンドンに集約された。世界の貿易決済はロンドンでおこなわれるようになり、イギリスは、電信使用や為替決済、さらには海運業などの収入で大きな利益を得た。

20世紀のアメリカは、電話の使用により、ビジネスを効率的に進め、アメリカ経済の担い手である多国籍企業の発展を促進した。そのためにアメリカは、商業情報の中核になり、ヘゲモニー国家となった。

このように、ヘゲモニー国家は、商業情報の中心として機能し、情報が集約され、発信される。いわば、情報の中心があるシステムが近世以降形成されてきたのであり、それこそが現代世界を築き上げてきた近代世界システムの特徴であった。

しかし、このようなシステムは、インターネットの登場で大きく変わった。アメリカが元来軍事用であったインターネットを民間部門に開放することで、たしかに一時的にアメリカが有利になったものの、その有利さはすぐに失われてしまった。

歴史を情報の観点から眺めてみると、商業情報の集約・発信の中核があるという近代世界システムは消滅し、アメリカのヘゲモニーは終焉を迎えたと考えられるのである。

たとえば、2010年に始まったアラブの春が「フェイスブック革命」と言われたように、現在、世界中のあらゆる場所から情報が発信されるようになり、情報の中核がない新しいシステムが生まれつつある。

われわれは、近代世界システムの崩壊と、新しいシステムの誕生に、立ち会っているといえるのである。

玉木 俊明(たまき・としあき)
京都産業大学教授。1964年、大阪市生まれ。同志社大学大学院文学研究科(文化史学専攻)博士後期課程単位取得退学。専門は近代ヨーロッパ経済史。著書に『北方ヨーロッパの商業と経済』(知泉書館)、『近代ヨーロッパの誕生』(講談社選書メチエ)、『近代ヨーロッパの形成』(創元社)、The Rise of the Atlantic Economy and the North Sea/ Baltic Trades, 1500-1800.(共編著、Stuttgart)、Comparing Post War Japanese and Finnish Economies and Societies(共編著、London and New York)、『近代ヨーロッパの探究9 国際商業』(共著、ミネルヴァ書房)、『ヘゲモニー国家と世界システム』(共著、山川出版社)など多数。

読書人の雑誌「本」2016年9月号より