週刊現代
まるでポパイの腕のよう…横浜・筒香嘉智のしびれる打撃を見逃すな!
二宮清純レポート特別版
つつごう・よしとも/'91年11月26日、和歌山県生まれ。'10年横浜高校からドラフト1位で横浜ベイスターズに入団。一時、けがに苦しむも、4番に定着。今年7月には史上初となる月間6度のマルチ本塁打を記録した〔PHOTO〕wikipediaより

強打者の証「筒香シフト」

背番号25がゆっくりとした足取りで左打席に向かうと、段取り通りとでも言わんばかりに阪神守備陣は素早く右方向に移動した。

8月2日、横浜スタジアム。8回裏、この回同点に追いついた横浜DeNAはなおも2死一、三塁のチャンス。ここで4番・筒香嘉智に打席が回ってきた。

守備陣形は、こうだ。サード北條史也が三遊間の真ん中あたり、ショート鳥谷敬は二塁ベースの後方、セカンド大和は一塁寄り深め、そしてファーストのマウロ・ゴメスはライン際を固めた。それに合わせて外野手も通常の位置より右側に寄った。

'64年、広島が巨人・王貞治の強打を封じるために編み出した、伝説の〝王シフト〟を彷彿とさせる極端な守備陣形だ。

さて、結果は――。阪神の左腕・岩貞祐太が投じた3球目の直球を筒香は鋭く弾き返した。

打球はピッチャーの横を抜け、センター前へ……のはずだったが、そこには鳥谷がいた。阪神の作戦勝ちだった。追加点を阻まれたDeNAは9回に4点を失い、2対6で敗れた。

後日、「筒香シフト」に対する感想を本人に質した。

「いや、似たようなことは他のチームもやっていたので、それほど違和感はありませんでした」

表情ひとつ変えない。まるで不動明王だ。

「上に打てば、人はいない。だから別に何とも思わないですね」

山本昌はこう見る

シフトを敷かれるのは強打者の証だ。筒香の成長を何よりも物語っている。

夏場を迎え、筒香のバットはいよいよ手が付けられない。8月16日現在、打率3割2分4厘、35本塁打、83打点。三冠王も視野に入る暴れっぷりだ。〔後注:9月2日現在、打率3割1分6厘、38本塁打、89打点〕

昨季までとは、どこが変わったのか。

筒香との対戦もある219勝投手・山本昌の見立てはこうだ。

「最近の彼は前に突っ込まなくなりました。軸でしっかり回転し、その力をバットに伝えている。弱点が見当たらない」

レジェンドを唸らせたのが、8月9日、東京ドームでの巨人戦で見せたバッティングだ。7回表無死一、二塁の場面。巨人のマウンドは、サウスポーの内海哲也。2-2から投じた外角へのスライダーを、筒香は右手一本で三遊間に運んだ。

「左ピッチャーが左の強打者に相対する時、最後は外に逃げるスライダーを決め球にと考えるのが普通。その狙いに従って内海はボールゾーンへのチェンジアップを投げた。もちろんスライダーへの布石です。ところが、筒香はこれを平然と見送り、決め球をレフト前に持っていった。ああいう打ち方をされたら、左ピッチャーはお手上げですよ」

'14年まで巨人の投手総合コーチを務めていた川口和久にも話を聞いた。

「僕の記憶では、昨年までの筒香はバッターボックスの内側のラインぎりぎりのところに立っていた。だから巨人は内角を徹底して突いたんです。

それが、今年はもう少し真ん中寄りに立ち、内角がさばけるようになった。同時に外角にもしっかりバットが届いている」

なぜ、大器は覚醒したのか。

昨年オフ、筒香はウインターリーグに参加するためドミニカ共和国の地を踏んだ。オフを休養に充てる選手が多いなか、筒香はどこまでも貪欲だった。

ウインターリーグの成果を、筒香はこう説明する。

「向こうのピッチャーが投げるボールは動いていて強い。打つほうがブレてしまうと、打ち損じてしまうんです」

弱点をどう克服したか

筒香は、時間をかけて打法改造に取り組んできた。ボールを捉えるポイントをやや後ろに置き、打球を反対方向に持っていくのだ。そのためにはバットを内側から出さなければならない。

最初のうちは詰まったり振り遅れたりすることが多く、こうした取り組みを苦々しい目で見ているコーチもいたという。

だが、筒香は頑として自らの信念を曲げなかった。

「昔と違って、今のピッチャーはいろいろなボールを投げてくる。前でボールを捉えていたら内野ゴロの山になる。反対方向に強い打球を打つ。この技術を習得しなければ、プロで生き残るのは難しいと感じていました」

高木豊は'12年にDeNAのヘッドコーチに就任した。プロで通算1700本以上のヒットを記録した彼の目に、筒香のバッティングはどう映ったのか。

「彼のように野球をはじめてからずっと4番を打ってきた選手に、真正面から直球勝負するピッチャーは少ない。そのため、変化球への対応は抜群にうまかった。弱点は内角の速いボール。これを克服するには慣れるしかないんです」

高木は、筒香がドミニカで速いボールへの対応を身に付けたのでは、と見る。

「右足のかかとでタイミングがとれるようになり、フォームに無駄がなくなりましたよ」

そして、こう付け加えた。

「彼は何をするにも納得しないと動かないタイプ。でも、それでいい。なんでもコーチの言うことをハイハイと聞くやつで、伸びたのはいませんよ」

「オマエと心中する」

昨シーズン、当時監督の中畑清からキャプテンに指名された。開幕戦では4番を任された。

「(今季は)オマエと心中する。オマエがダメならオレはクビだ」

中畑がそう告げると、筒香はこくりとうなずいたという。

「筒香には球界を背負って立つ選手になってもらいたかった。だから('15年のキャンプで)松井秀喜を呼んだんです。オレたちがああだこうだ言うより、ヤンキースで4番を打った男の一言の方が説得力あるでしょう。松井は〝器の大きな選手だね〟と、僕に言いました」

憧れの人物でもある松井から、何を学んだのか。筒香が語る。

「反対方向に打つ練習を理解してくれない人もいた。でも、松井さんは〝反対方向に打つのは一番、大事なことだよ〟と。それで、〝あぁ、僕のやってきたことは間違えていなかったんだ〟と、大きな自信になりました」

追い求めていた感覚をものにした瞬間がある。4月8日、本拠地での東京ヤクルト戦で、小川泰弘の外角ストレートをレフトポール際に叩き込んでみせた。

「この感覚を言葉で表現するのは難しい。強いて言えば、体の中には、動く方向を指すいろいろな矢印がある。それが打つ瞬間、ピタッとひとつに定まった。ずっと探していた感覚でした」

技術面とは別に、筒香の人間的な成長に目を細めるのは、前横浜高校監督の渡辺元智だ。

「今年のキャンプ前、横浜で筒香と彼の後輩を呼んで焼肉を食べた。帰り際に席を立つと、筒香が〝お陰様で僕は良い年俸をもらえるようになりました。ここは僕に払わせてください〟と言ってきかない。

〝教え子に払わせるほどオレは落ちぶれてないぞ〟と断ったんですが、アイツ、僕がトイレに行っている間に、こっそり支払いを済ませていた。こんなことしてくれた教え子は彼だけです。見かけによらず、気配りのできる男なんですよ」

球団史上初のクライマックスシリーズ進出を見据えながら、頼れる男は、そのポパイのような太い腕を撫でる――。

「週刊現代」2016年9月3日号より