悲惨な体験をした人は、なぜ長生きするのか?
心を強くする「喪失トレーニング」

若いころに災害などで悲惨な体験をした人のほうが、長生きできる傾向にある――そんなデータがあるという。

心を強くする「喪失トレーニング」について、『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本』でヒト本来の「自己調整力」を引き出すボディワークを提唱する藤本靖さんと、『友だちの数で寿命はきまる』の著者で、予防医学研究者の石川善樹さんが語ります。

左:石川善樹氏 右:藤本靖氏

感情にされるがままにしない

石川 現代社会で生きている限り、ストレスは避けられません。どんな仕事でも、どんな職場でもストレスは感じるでしょう。そこですぐに変えられるのは、環境ではなくて感じ方、注意の向け方です。

少し前まで精神医学の世界では、「行動を変えればいい」「考え方を変えればいい」といってきましたが、人間は、そう簡単に変われるものではありません。そこで登場したのが、「注意」をどこに向けるかをトレーニングする、マインドフルネスです。

藤本 マインドフルネスは、理性的に心を見つめていく方法ですよね。

石川 怪我をした時、痛みに集中しすぎると余計に痛く感じます。ムカついたり、イラッとした時もその感情にされるがままの人が多いんです。頭の中でその場面を何度もリピートして、ますますムカつきます。「アイツ、ムカつくな」と思ったら、まず自分がムカついていることに気付きましょう。

藤本 気付くことで、どう変わりますか?

石川 自分は、何に対して怒りを感じているのか。なぜ怒りを感じるのか。ネガティブな感情の正体を探るんです。すると、これまで表面に出てこなかった自分の本音が見えてきます。

たとえば、「悲しい」と感じるのは、ずっとあると思っていたものを失った時です。そもそも自分は、それがずっとあると思っていたのか、と気付きます。

藤本 普段は意識していない自分自身の内側にあるものに気付くんですね。心のモヤモヤの正体を探る、そういうときに、理性的にそのモヤモヤを分析するだけではなく、モヤモヤそれ自体を身体的な感覚と捉えて、そこに注意を向けていくことが平静を取り戻すために重要と私は考えています。

心を落ち着かせるには「ストロー呼吸」という簡単な呼吸法が有効です。これは、下腹に手を当てて「口をすぼめて息を吐き、鼻から息を吸う」だけ。ストローから息を吐くようなイメージで息を吐くので、「ストロー呼吸」と呼んでいます。

慣れるまでは実際に、ストローを口にあてて息を吐いてみるのがいいと思います。「ハァー」とため息をつくように大きく息を吐くのではなく、あくまで口をすぼめて行います。それさえできていれば、呼吸のリズムをゆっくりにしたり、深くする必要はありません。

石川 どのような状況で行うとよいでしょうか?

藤本 職場の人間関係で不愉快な想いをしたときなど、外からの情報に対してストレスを感じる際にはぜひ行ってみてください。

身体の内側から自分自身をしっかり支える感覚が生まれて、ストレスに対して必要以上に身構えて緊張したり、呼吸が浅くなったりすることがないので、ネガティブな感情に振り回されなくなります。

不快を鎮める、快楽の正体

石川 単に不快な感情を消すだけでいいなら、いろんなやり方があるんです。

ワンワン泣いている子どもに、アメ玉を渡すとピタッと泣き止むことがあります。アメ玉によって快楽が得られるからです。この時の快楽を、僕はアッパー系の快楽と呼びます。気分が高揚するものを指すんです。ゲームやショッピングもアッパー系の快楽です。

一方、姿勢を正して息を吐き出したり「注意」の向け方を変えるのは、ダウナー系の快楽。味噌汁を飲むと気持ちが落ち着きますから、これもダウナー系の快楽です。

藤本 同じ食べ物でもアッパー系とダウナー系にわかれる。

石川 マインドフルネスは、アメ玉やゲームと、形は全く違うけれど、単に快楽を虜にしている点では、同じではないかと疑う気持ちも僕にはあります。これは単なる流行ではないのか、と。

藤本 健康に関する情報は、因果関係がわかっていないものが多いだけに、その内容を精査し続けることが大切だと思います。私自身は、自分の実践の中で効果があると思ったものを伝えていますが、確かさをどう検証するのか、よりよい方法はないか、という問題意識はいつも持ち続けています。

石川 イチローは、打席に立つと、まずバットを前に突き出して遠くを見ます。遠くを見ると交感神経が刺激されて集中するんです。一方で、手首につけた香水の匂いを嗅ぐことで、リラックスできる。この2つの動作はとても理にかなっていると思います。集中力を高める一方でリラックスしている。

イチローの構えをする石川善樹氏

藤本 高いパフォーマンスを出そうとするビジネスマンにとっても、集中力とリラックスはとても重要ですね。

石川 だけど、本当にいいのかどうかは、データがありません。単にイチローがやっているから、しっかり結果を出すやり方のように思うだけかもしれません。