日本一黒い弁護士の自慢「わたしの日焼けは、100%天然の天日干しです」
第15回ゲスト:久保利英明さん(前編)
〔写真〕峯竜也 〔構成〕小野塚久男 〔撮影協力〕WODKA TONIC

大人の遊びを知り尽くした伝説の編集者・島地勝彦が、ゲストとともに“男の遊び”について語り合う「遊戯三昧」。第15回目となる今回は、自他ともに認める日本一(?)の弁護士、久保利英明さんをお迎えした。いったいどんな話が飛び出すのか――。

数々の「日本一」を持つ弁護士を迎え

島地 おい、日野! 今回のゲストは日本一の弁護士、久保利英明先生だからな。粗相のないようによろしく頼むぞ。

日野 いつも粗相があるのはそっちじゃ……。ところで、日本一といっても漠然としていますが、何を持って日本一とされているのでしょうか。

島地 まず実績がすごい。昔、株主総会のたびに話題になった総会屋を一掃したのは、久保利先生の奮闘と手腕によるところが大きい。

日野 え、そうなんですか。それは確かにすごい。

島地 さらに、日本一黒い。黒いなんてもんじゃない、真っ黒なんだよ、先生は。

日野 弁護士で黒いって、まったく想像できませんけど……。

島地 会えばわかる。お、いらしたぞ。お久しぶりです、久保利先生。

久保利 どうもどうも島地さん、またお会いできて光栄です。

日野 く、黒い……。

久保利 ああ、初めて会う方はだいたい驚かれますけど、「日本一黒い弁護士」と呼ばれています。

島地 いやぁ、いつもながら見事な焼けっぷりです。しかも、今日は上下白のスーツで、このままヤクザ映画に出てもまったく違和感がないですね。

日野 島地さんも地黒ですけど、久保利先生と比べると足元にも及ばないですね。

“日焼け大会”ではダントツの1位だった

島地 確かに、そこは素直に負けを認めるよ。ところで先生、どうしたらそんなに黒くなれるんですか? 日焼けサロンに通うとか?

久保利 行ったことありませんねぇ。わたしの日焼けは、100%天然の天日干しです。海で焼け、山で焼け、旅で焼け。ずっとそういう生活ですが、もともと地黒なわけではなくって、パンツを脱げばお尻なんか案外白い。どれくらいかというと……。

日野 あ、いや、ズボンのベルトに手をかけていただかなくて結構です。

島地 ハハハ、久保利先生はサービス精神という意味でも日本一かもね。ちなみに、ぼくは地黒なんです。子どもの頃、夏は当然のように真っ黒でしたが、横浜の磯子の親戚の家に遊びに行って、ク〇ンボ大会に出たらあっさり優勝したこともありますよ。

日野 ピー。ク〇ンボ大会はNGです。おとなしく「日焼け大会」にしてください。

久保利 「日焼け大会」じゃ雰囲気が伝わらないけど、今のご時世、仕方ないですね。実はわたしも子どもの頃、夏休み一杯を千葉の勝浦あたりで過ごすことが多かったんですが、地元の海で開かれる日焼け大会に出たら、漁師の子供たちを抑えてダントツの1位でした。そこで地肌が鍛えられたんでしょうな。

日野 黒い者同士で話が合いそうで何よりです。久保利先生は「旅で焼く」ということですが、やはりハワイとかに行かれることが多いんでしょうか。

久保利 ハワイもよく行きますが、わたしの場合はもう、旅が人生の一部ですから。

島地 もう一つ、久保利先生の日本一がありましたね。「日本一、渡航した国の多い弁護士」。これは間違いないでしょう。

久保利 確認したことはありませんが、たぶんそうだと思います。

約半世紀をかけ、訪れた国は167ヵ国

島地 驚くなよ、日野、今まで旅した国の数は、なんと166だ。

久保利 最近もう一つ加わって、167になりました。

日野 167ヵ国って、地球上にある国の数もそれくらいだった気がしますが。

久保利 国連加盟国は193。非加盟国で日本が国として認めているのが4。合計197ですが、そこから日本を引いて、日本人が旅行できる国は合計196になります。

島地 そのうちの167ヵ国を既に旅しているって、弁護士に限らず、日本人でも唯一なんじゃないですか?

久保利 それはわからないですね。けっこういろんなところを旅してる暇な人がいますから。

島地 残りは30を切っていますから、完全制覇も見えていますね。

久保利 いやぁ、残ってる中には政情不安や誘拐頻発で、あまりにも危険なところもあるので、完全制覇は難しいかもしれません。今はもう「まだ行ってないけど次に行けそうなところ」を探すのも一苦労です。

島地 最近、行かれたのはどちらですか?

久保利 サントメ・プリンシペですね。

島地 ……日野は知ってるよな、もちろん。

日野 出た! 自分がわからないものだから人に振る作戦。

久保利 ほとんどの日本人は知らないと思いますよ。西アフリカのギニア湾に浮かぶ火山島で、ほぼ赤道直下の小さな国です。昔はポルトガルの植民地で、独立は1975年です。

リスボンからの飛行機は週1便で、日本からだとビザもネットでしか取れない。準備をするのになかなか苦労しましたよ。

島地 しかし、そんな辺鄙なところをよく見つけましたね。初めて聞きました。

日本一の弁護士は、バックパッカーの先駆けだった

島地 夏はいつも長期のバカンスをとるんですよね、先生は。

久保利 夏は3週間、冬は2週間、だいたい旅に出ます。ただ、それ以外は土日も関係なく仕事なので、年に2回くらいは休んでいいかなと。

島地 わたしはほぼ毎日締め切りがあり、なかなかまとまった休みは取れないんですが、わたしも久保利さんも基本は仕事中毒、回遊魚のようなものなんでしょうね。ところで、先生の旅は一人旅でしょうか?

久保利 若い頃は一人旅で、風の向くまま気の向くままのバックパッカーでしたが、今はときどき女房がついてきます。「何かあったら困るから」ということですが、本音をいえば今も一人で旅をしたい。

日野 そこは違いますね。島地さんは寂しがりで一人旅はできないタイプです。

久保利 まあ、人それぞれでいいんじゃないでしょうか。わたしの場合、人にペースを乱されるよりも、自己責任であちこち歩きまわりたいタイプなんですよ。

島地 最初の一人旅はアフリカだったとか。

久保利 ええ、今でもよく覚えていますよ。1968年4月13日、横浜港からロシアのナホトカ行きの船に乗りました。当時23歳のわたしの全財産は約50万円、6ヵ月の予定でしたから、旅費を除くと1日5ドルの貧乏旅行です。

島地 海外旅行そのものが珍しい時代でしたから、アフリカへ行くなんて、まわりの人は驚いたでしょう。

久保利 驚くというより呆れるほうが多かったと思います。司法試験に現役で合格したのに、いきなりアフリカですから父親は烈火のごとく怒りました。

でも母親は「面白そうじゃない、行ってらっしゃい」という。あんまりあっさり言うものだから、「結構危ないんだよ」と返すと、「わたしには3人も子どもがいるんだから一人くらいは仕方ないわ」と。

まさか本気だったとは思いませんが、そんな母親のひと言に救われたのも事実です。

島地 心配でしょうがないけど顔には出さないで、あっけらかんと冗談を口にできる。やはり男より女のほうが肝が据わっていますね。

司法試験合格後、単身アフリカへ旅立ったワケ

日野 しかし、司法試験に受かったのに、どうしてアフリカに行かなくちゃいけないのですか?

島地 日野にしてはまともな質問だな。

久保利 単に未知の世界を見てみたい、という欲求が大きかったんですが、自分なりの理屈はありました。

弁護士の評価というのは、論理的能力と問題解決力、そしてコミュニケーション能力を含めた人生の叡智の総和で決まります。司法試験は論理的能力を計る程度で、問題解決力と人生の叡智は一生をかけて身につけていくべきものです。世界を知らず、一人暮らしさえしたことのない23歳の自分はあまりに無力であって、法曹界に入る前に武者修行が必要だ。とまあ、そんなふうに考えたわけです。

島地 なるほど。でも武者修行なら欧米でもよかったんじゃないですか。

久保利 学校の授業では、世界史といってもほとんど欧米や中国の話で、アフリカの歴史にはまったく触れませんよね。学生の頃からそこに違和感がありました。奴隷貿易、植民地支配などの人類史の負の側面から、日本の教育は目を背けようとしている。

でもあれだけ広い大陸、何億人もの人民を無視して未来を語ることはできない。やがてアフリカの時代がやってきたとき、架け橋的な存在になるためにも、今、アフリカへ行かなくてはいけない――。大袈裟ですが、ある種の使命感みたいなものもありました。

島地 それが後に、弱者の側に立つ弁護士活動のきっかけになったんですね。

久保利 振り返ってみるとそうなりますね。法律というのは、弱い者、貧しい者を守るためにあるのだと思います。それが今は、強い者、富める者の欲望を果たすために使われ、世界的な格差が広がる一因になっているような気もします。嘆かわしいことですが。

日野 島地さんと自分の関係でいうと、自分は弱く・貧しい者で、島地さんは強く・富める者でしょうか。久保利先生、ここにも歴然とした格差があるのですが、どうしたら是正されますか?

島地 何が格差だ。それはお前の努力が足りないからだろう。

久保利 お二人の間では島地さんが「法」でしょうから、弁護士も口出しできません。

〈⇒後編

久保利英明 (くぼり・ひであき)
日比谷パーク法律事務所代表
1944年、埼玉県生まれ。東京大学法学部卒業。ヨーロッパ・アフリカ・アジアを放浪した後、71年に弁護士登録。第二東京弁護士会会長、日弁連副会長などを歴任。コンプライアンス問題の権威として知られ、一票の格差是正運動では共同代表を務める。『志は高く 目線は低く』『「交渉上手」は生き上手』『久保利英明ロースクール講義』など著書・共著は70冊を超える。専門分野は、コーポレートガバナンス及びコンプライアンス、M&A、株主総会運営、金融商品取引法、独禁法等企業法務、知的財産権など。
島地勝彦 (しまじ・かつひこ)
1941年、東京都生まれ。青山学院大学卒業後、集英社に入社。『週刊プレイボーイ』『PLAYBOY』『Bart』の編集長を歴任した。現在は、コラムニスト兼バーマンとして活躍中。『甘い生活』『乗り移り人生相談』『知る悲しみ』(いずれも講談社)『バーカウンターは人生の勉強机である』(阪急コミュニケーションズ)『お洒落極道』(小学館)など著書多数。Webで「乗り移り人生相談」「Treatment & Grooming At Shimaji Salon」「Nespresso Break Time @Cafe de Shimaji」を連載中。最新刊『蘇生版 水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』が好評発売中!

著者: 開高健、島地勝彦
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1989年に刊行され、後に文庫化もされた「ジョーク対談集」の復刻版。序文をサントリークォータリー元編集長・谷浩志氏が執筆、連載当時の秘話を初めて明かす。

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