企業・経営
大企業に巣食う「Made in Japan」の呪縛
トヨタだけがなぜ「例外」で強いのか?

見る影もない「名門」企業

伝統的な名前のある日本企業の凋落振りは目も当てられない限りである。東芝は大がかりな組織ぐるみの不正会計問題を露呈し、シャープは台湾企業の傘下となり、不正燃費問題を四半世紀にわたって隠蔽してきた三菱自動車は、すでにルノーという外資メーカーの傘下にある日産のそのまた傘下となった。三菱自動車の6月期の国内シェアは1%となり、三菱自動車の下請けでは倒産する企業も出ている。

このように結果だけ見ると情けない限りである。書店には、「名門の凋落」「シャープ崩壊」「東芝不正会計」などという帯のついた本が平積みされている。テレビでは、無能な顔つきの経営者が、自分の力では事態を収拾できず、右往左往しながら狼狽している様子が晒されることになってしまった。日産のカルロス・ゴーン氏のつり上がった眉毛に対し、三菱自動車の益子会長の困り果てた「への字」の眉毛が並べて写真に収められ、SNSでは、嘲笑・嘆息するコメントが並んでいたのを見た。

三菱に至っては、問題があるのは自動車だけではない。三菱重工の手がけるMRJ(三菱リージョナルジェット。国産初のジェット旅客機)はいつまで経っても未完成で納品されず、船舶を受注すれば、受注金額の二倍以上のコストで作ってしまう。常軌を逸した経営体制に、「日の丸無能の恥さらし」と陰口をたたく人までいる。

もちろん国内だけではなく、海外の彼らの競合メーカーでは、三菱自動車、三菱重工は、「遅れた企業」「無能企業」と見なしているため話題になること自体ほとんどない。国内での一般的な日本人の認識とグローバル市場では同じ企業でも印象がまるで違うわけである。

65歳以上の年配の人達の間では、三菱といえばまだまだ「名門」という認識のある人が多数残っている。しかし現状の実力はといえば、グローバル市場からは相手にされていないレベルと言える。三菱が「名門」なのは、すでに年配の人達の記憶の中でのみとなったと言っても良いだろう。グローバル化した事業環境下では、これらの企業は、はっきり言ってしまえば、名前に対して、さっぱり実力がないのである。

こうした「凋落本」や「不正内幕」に関する本がどの程度売れているのかどうかは分からない。私の周囲の人の反応は「そろそろ、そうした本は、もう読みたくない、聞きたくない、もうたくさんだ」という人が増えてきている。「もうホントのところダメなのはわかっているよ」というわけだ。だったら、「わざわざ恥部を掘り起こして晒してくれるな」というわけである。蓋をしきることはできないわけだが、「臭いものには蓋をしたい」わけだ。

自分の勤めている会社、役所、学校などの体制が、東芝や三菱、シャープなど「転落企業」の実態と、大して変わらない構造をしていることを、優秀な人達になるほど自分自身でも良く分かっているからだ。

もちろん、なぜ転落してまったのか、なぜ下り坂なのかを論理的にはうまく説明できない人がほとんどではある。しかし自分達の所属する組織だって、報道されている「不祥事企業」と、本質的にはまったく同じ構造をかかえていることは理解できる。体質は彼らと何も変わらないのだ。

今の段階では「ばれていない」「たまたま競争がなくて、どうにか一昔前のやり方や組織の仕組みを続けられている」だけのことだと言っている人もいる。

例えば、東京電力や東京ガス、NTTのような会社、霞ヶ関のような行政機関は、国内だけでは大きな顔をしていられる。しかし、グローバル市場での競争力は元々無いし、実際のところ、皆無に等しい。つまるところ、国内だけで名門などとうそぶいて、名ばかりあっても、実力を伴っていない。日本人だからとか、日本の大企業だからといって、市場がグローバル化した現在、ほとんどの企業が実際には名前ほどの実力を持っていないことを、多くの日本人がようやく認識しはじめている。

日本では優秀な人材を確保できない?

〔PHOTO〕gettyimages

多くの日本人が漠然と抱える不安は何か? それは、かつて自分達より劣っていると勝手に見なしていた国や企業、つまり自分達より格下だと思っていた国や企業があっという間に実力をつけ、すでに、電機や半導体、ソフトウエア、通信といった国家的に産業競争力的に重要な分野で自分達を圧倒的に上回っていることだ。

日本では、トヨタ系列に見られるような一部の自動車産業では、世界市場で高いシェアを持つグローバル企業系列を作っている例はある。しかし、それらの「例外」を除いてしまうと、国内に残っているのは、競争力のない国内志向型企業や、バラマキ予算消化型の官需に対応しているだけの低品質・高価格企業、あいかわらず高コストで低品質の行政や医療、また、カネばかり食う割には、世界で成果のない大学や研究機関があるのみだ。こうした組織は、予算の分捕り合いには熱心だが、投入した予算に見合うアウトプットが出ていない。

日本最大の自動車メーカーであるトヨタ自動車の内山田会長は「日本では必要な人材を確保できない」として、米国で自動運転技術などを開発する研究所を作ると言っていた。そのために彼らは1000億円米国に投資をしている。さらっと述べているが、これは極めて由々しき事態である。

こうした国家戦略上、重要な分野で、日本の大学・研究機関・民間の研究機関が、必要な成果だけではなく、必要な人材すら供給ができなくなっている。2016年現在トヨタは海外売上比率80%、国内20%である。つまり、すでに世界市場で大半の売上と利益を稼ぐグローバル企業となっている。そうしたことを考えれば、最大市場である米国で研究所を作ることは何ら不思議なことではない。

とは言え、日本を代表する企業が求める人材を、日本の教育機関・研究機関が供給できなくなっているという異常事態だ。これはさすがに深刻に受け止めねばなるまい。

歴代の大学人、研究機関の責任者・管理者は巨額の予算を浪費しながら何をしていたのだろうか? その責任は過去にさかのぼって、一人一人に至るまで問われるべきであろう。「何が」悪かったのか、また「誰が」悪かったのか、責任をはっきりさせる必要がある。

結局、落ち目なのは一部の企業・産業だけではない。巨額の予算を消費するだけで、成果もなければ、人も育っていない旧態依然とした国内の大学や研究機関である。(落ち目というよりは、元から無能であった、という方が正確なのかもしれない)

情報や知識が瞬時に移動するグローバル化した現在では、日本で一番というだけでは全く意味がなくなっている。日本国内だけで暮らしているとピンと来ていない人もいるが、すでにグローバル化してから久しい事業環境では、日本一の人と組織ではなく、世界一の人と組織しか相手にされなくなっている。

それは、もちろん企業に限った話では全くない。大学も研究機関も事情は全く同じである。彼らはもうすでに半世紀近く、完全な機能不全に陥っている。個々人では例外はあるとしても、組織や体制としては完全に失敗していると言ってよい。

グローバル化とは、知識や情報の伝達が電力の配電盤のようなツリー(木)構造から、インターネットのようなネットワーク型つまり「ポイント to ポイント」になったということだ。明治初期に帝国大学の仕組みが設計された頃と現在では、根本的に情報伝達・知識伝達の仕組みが変わった。現在では、ただ海外の知見や発見を学び、翻訳したり転写したりしてコピペしているだけでは、大学として価値を生み出していることにはならなくなったということである。

知識を学習・伝達・普及するだけではなく、日本の大学も「創造」しなければならなくなった。グローバル化した世界で、大学も、単なる情報ブローカーの時代は終わった。

戦後日本が劇的に成功した本当の理由

ではなぜ、日本は凋落してきたのか? 現在のような事態に陥っているにもかかわらず、不思議なことに、この問題に正しく答えてきた人に私はあまり会ったことがない。

それは同時に、なぜ、戦後のどん底から、日本が米国に次ぎ、世界第2位(現在は中国に抜かれ世界第3位)のGDPを持つ経済大国になるほど成功したのかを正しく説明してきている人がいないということでもある。成功してきた理由が分からなければ、いま何がうまくいかなくなり失敗しているのかも説明ができるはずはないことは分かるだろう。

「みんなが全員で額に汗して一生懸命仕事したからだ」
「官僚が優れていたからだ」
「田中角栄さんのような政治家には、金権政治の問題はあったが、ああした傑物の活躍のおかげだ」
「日本人は手先が器用だからものつくりが発達した」
「腕のいい職人さんがいる」

などなどそれぞれの立場で自分達に都合の良い、あるいは自分達で理解できる範囲で成功の理由を考えては、成功した理由もあやふやにしてきた。それぞれの立場で自分のアタマで理解できる範囲でなんとなく都合良く解釈してきたといってもよい。

今、現在、失敗している理由をあやふやにしているように、成功した理由もあえてあやふやにしてきたのかも知れない。日本人は、成功しても失敗しても、問題をあやふやにすることが好きな人が多い。

つまり、成功すれば「みんなが頑張った」失敗すれば「みんなが悪かった」で済ましてしまう。そのため「何が」うまく行き、「誰が」貢献度が高く、「なぜ失敗」し、「誰が」悪かったのか、をはっきりさせることができないということになる。つまり成功も失敗もその原因を科学的に分析ができていない。成功も失敗も要因分析をしないため、将来へ生かせない。

少し考えてみれば分かるであろう。戦前だって日本人は勤勉だったはずだし、手先だって器用だったはずである。良い職人は戦前も戦後もいたはずだ。また、戦前は今とは違う方向だったのかも知れないが、みんな各レベルで頑張っていたはずである。官僚だって、能力に関しては戦前・戦後と大して差はあるまい。GHQは戦後の統治に基本的には戦前そのままの霞ヶ関の官僚を使ったのである。政治家にも明治維新以来、日本にも傑物は何人もいたではないか。

戦前のMade in Japan は粗悪品

そもそも、戦前の「Made in Japan」、すなわち手先が器用なはずの日本人、熟練の職人さんが作る「Made in Japan」とは海外では「品質の悪い粗悪品」のことだった。戦前のMade in Japanとは「安かろう・悪かろう」の代名詞とされていたのが実際のところだったのである。

最近、田中角栄氏の本がちょっとしたブームである。戦後の日本経済で、日本列島改造論を掲げて推進した彼を偲ぶ人がいる。彼が推進したことは何か? それは、角栄氏の時代から、現在に至るまで政府が進めている政策の原型となっているものである。内容はいまと全く変わらない「富の再分配」である。もちろん、分配するからには、そもそも、その原資が必要になる。では、田中角栄時代の富の再分配の原資は何だったのか。

それは言うまでもなく「戦後のMade in Japan」モデルに他ならない。戦前の「安かろう、悪かろうのMade in Japan」とはまったく質の異なる戦後に登場した「Made in Japan」のことである。

現在、角栄さんの政策の善し悪しを議論するのは構わない。しかし、そこには大事な前提が含まれていたことを忘れている、もしくはそもそも知らない人が多い。再分配の原資を、当時は Made in Japan モデルで日本経済が世界から富を稼げていたということである。

再分配をしたから日本が経済成長したのではない。原資があったのを再分配したわけであり、原資がなければ、そもそもあの時代にあんな無茶なことはできなかったのである。当時の日本経済はまず肝心の「先立つものを」を持っていた。敗戦国ゆえの貧乏で信用もなく、ろくな借金もできない国だった日本はまず実業で稼いだわけである。

戦後、1955年くらいから、Made in Japan モデルで企業が富を生み出すことができるようになってから、それを原資として日本全国津々浦々まで、インフラを作り、物資や資源を運べるようになった。偏在した富を分配して地方との格差をなくしていったわけである。

高速道路を作り、飛行場を作り、原発を作り、生産性の低い前近代的な農業くらいしか産業のなかった各地方に多くの雇用を生み出すことに成功した。田中角栄の政策は、はっきり言ってしまえば、富を再分配することそのものが最大の目的である。

だから高速道路の交通量なんてどうでも良いし、飛行場は赤字でも良いし、原発は別に発電していてもいなくても良かったのである。雇用を生み出し、地元の人を雇用し、給料を支払う口実となればそれで良かった。日本人全員が、分配に預かることができた。当時の社会ではそれが正義であり、経済性はともかく、社会的には、それで正解だったのである。本当のところの採算は二の次の問題、ずっと将来に考えればよい問題とすることができた。

しかし現在はどうか? もちろん当時とは状況が違う。肝心の分配の原資となったMade in Japan モデルが破綻して久しいために事情が変わっている。それにもかかわらず相変わらず角栄氏の作った同じ流れを続けているのだ。現在では、もっぱら日本国債の発行による「将来への借金」を原資として同じことを続けている。

高度経済成長の時代には、国内での再分配の原資は日本人がMade in Japan モデルで日本人の工場「労働」によって海外から稼いだ「富」が国の収入になったものだ。

一方、現在の政権の原資は、将来のどうなるか見通しははっきりしないけれども、未来からの「借金」一本である。持続可能かと言われれば、原理的に不可能であることは、子供でも分かる。しかしそれでも、日本人は現状では、止(や)めることができない。

1960年頃に、田中角栄らが作った「富の再分配モデル」だけが残り、その仕組みの中で生きている再分配を欲しがる人と会社が、現在でも有象無象に存在している。しかし、残念なことに、前提となる原資を生み出す、「富を生み出す仕組み」が、早い会社では50年前、遅い会社では20年前から、変わってしまっている。その結果として、現在は、さまざまな社会システムに支障をきたしているわけである。

では、戦後の日本経済を繁栄させ、やがて成熟したMade in Japanモデルとは何だったのか。そしてなぜ衰退・崩壊し終わっていくことになったのか。