SMAP「解散させていただく」表現へのとてつもない違和感
なぜ「解散します」ではダメなのか
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中居正広の「…」

ジャニーズ事務所はSMAPの解散について、「解散させていただく」という表現で告知した。なぜ「解散します」ではなかったのか。EXILEもやたらと使う「させていただく」。この違和感について、武田砂鉄氏が考え抜きます。

躊躇せずに宣伝から入ると、『芸能人寛容論 テレビの中のわだかまり』(青弓社)という新著を出した。50人ほどの気になる芸能人についてこねくり回すように論じた本なのだが、なぜこねくり回したかと言えば、昨今の芸能人に向かう視線というか評定が、ファンの寵愛とファン以外のバッシングにくっきりと区分けされている気がしてならず、その区分けをもたらす寛容と不寛容をじっくり分析してみる必要性を感じたから。

今、芸能人当人がSNS等を駆使してファンを必死に取り囲むことで、ファンが自分たちに対してどこまでも寛容でいてくれる一方、その裏側にこびりついているファン以外の不寛容を恐れに恐れて、様々な所作が慎重になってしまう。少しでも逸脱した行動をとれば、たちまち炎上してしまう。

具体的に言うならば、インスタグラムに写真をアップし続けるママタレントはお弁当に豪華な食材を入れすぎてはいけない。雑すぎてもいけない。なかなか面倒である。

本書のまえがきにこう書いた。

「テレビを見ていて感じた芸能人へのわだかまりを、じっくり炙って可視化し、精いっぱい受け止める。頼まれてもいないのに、力の限りで寛容する」

視聴者にとって、テレビの中の芸能人って、その多くは「特に気にならない、どうでもいい存在」であるはずなのだが、芸能人の側が視聴者にとやかく言われないように配慮する場面が増えたことで、その関係性がチグハグしてきた。端的に言えば、芸能人のみなさん、そんなにこっちに気を遣わなくてもいいのに、と思う。

日本中に衝撃を与えたSMAP解散の報、所属事務所からの声明と、メンバー個々人のコメントがFAXにて発表されたが、1月の謝罪会見以降、おおよその事の経緯を週刊誌等で把握していた皆々は、言いたくても言えない思いを抱えたメンバーの心情を、短いコメントの中から推察して共有した。

例えば中居正広の「このような結果に至った事をお許しください。申し訳…ありませんでした…」にある「…」の使い方は、言いたいことは他にもありますが、という、かなり直接的なシグナルに思えた。