裏社会 山口組
暴力団という"ビジネスモデル"の終焉〜山口組「本格抗争なき分裂」の真相
衝撃の分裂から1年
〔photo〕iStock

あれから1年

山口組が分裂する――。

暴力団社会に衝撃の情報が流れたのは、昨年(2015)8月26日だった。その翌日、直参(直系組長)が緊急招集され、そこに出席しなかった13団体が「造反派」と見なされ、絶縁・破門の処分を受けた。

それから1年が経過、あの分裂は、我々に何を教えるのか。

処分に対する準備を整えていた13団体は、井上邦雄山健組組長をトップに、「神戸山口組」を立ち上げ、「御挨拶」と書かれた書状を全国の暴力団組織に送付した。

<現山口組六代目親分に於かれては表面のみの「温故知新」であり中身にあっては利己主義甚だしく歴代親分、特に三代目親分の意を冒涜する行為多々あり>

<我ら有志一同の者、仁侠道の本分に回帰致し歴代山口組親分の意を遵守する為、六代目山口組を離脱致し、新たなる「神戸山口組」を発足し>

盃事で「親子」「兄弟」の縁を結ぶ暴力団社会では、親を裏切ることになる「逆盃」は、許されざる行為。それを承知で山口組を離脱した井上邦雄組長以下の一同は、山口組の精神を受け継ぎ、仁侠道の本分に遵守するのはこちらだと正当性をアピールしなければならなかった。

だから発祥の地の「神戸」を頭につけて「神戸山口組」とし、「山菱」の代紋もそのまま使用した。

山口組本家に残留したのは57団体。司六代目は、9月1日、手紙の形で組員にメッセージを送り、「罪のない若い者、この人達に対しては非を咎めることをせず、寛容の気持ちで相談に乗ってあげて欲しい」と、余裕を見せた。資力も構成員数も圧倒。やがて造反派を吸収できるという読みがあった。

しかし、双方が激しくぶつかり合い、路上での小競り合い、火炎瓶の投擲、鉄パイプでの襲撃、組事務所への車での突っ込み、そして「窓割り」と呼ばれる発砲など、全国で80件近い衝突を繰り返してきたが、神戸山口組の勢力は衰えることなく、逆に、除籍、破門者をすくい上げ、功を奏した切り崩し工作もあって、24団体に膨らんだ。

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