グリ森事件の「真犯人」を追い続けた作家が辿り着いた、ひとつの「答え」
発売即重版となった『罪の声』は、ここがスゴい

「グリ森事件」が現代に甦る

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日本経済が絶頂期に向かいつつあった80年代半ば、ひとつの「事件」が列島に激震をもたらした。

――警察庁広域重要指定114号事件、通称「グリコ・森永事件」――

1984年3月18日の江崎勝久・江崎グリコ社長誘拐に端を発する同事件では、「かい人21面相」を名乗る犯行グループが食品会社6社を次々に脅迫。「どくいり きけん たべたら しぬで」との脅し文句とともに、青酸ソーダ入り菓子をばら撒くという手口で国民をパニックに陥らせ、被害企業は株価暴落など経営に大きな打撃を受けた。

一方で犯行グループは「けいさつのうそはごう盗のはじまり」「あほあほと ゆわれてためいき おまわりさん」など、警察を揶揄する〝挑戦状〟をマスコミ各社に送付。凶悪犯であると知りつつも、どこか憎めない軽妙さを伴った彼らの一挙手一投足に、国民の目は釘づけとなった。

しかし一連の事件は突如として幕を下ろす。1985年8月12日、かい人21面相は、「くいもんの会社いびるの もおやめや」との〝終息宣言〟を残し、闇に消えた。その後の捜査も虚しく、犯人検挙に至らず公訴時効が成立。「かい人21面相」にまつわる人々の記憶は、忘却の彼方に向かいつつある。

だが、そんな時の流れに抗うように、「まだ事件は終わっていない」と強く訴えかけてくる小説が、事件から32年が経った今、誕生した。

それが、『罪の声』である。

物語の舞台は2015年。「グリ森事件」(作中ではあくまでフィクションの体をとっているため、「ギン萬事件」となっている)の再取材を命じられた冴えない新聞記者と、父の遺品の中から「グリ森事件」で恐喝に使われた録音テープを発見し、「これは、自分が子供の頃の声だ」と気づいた青年の二人が主人公だ。

小説を超えたリアリティに圧倒される一冊。発売即重版となった(amazonはこちらから)

一方はグリ森事件の真相を、地を這うような取材で追い、もう一方はグリ森事件の犯人だったかもしれない父の足跡を辿ることで、事件に巻き込まれてしまった家族や遺族が味わってきた絶望を知る。二人はそれぞれの「真相」に辿りつくのだが、実際の事件を丹念になぞるなかで導かれるその結末は、小説とは思えないリアリティを帯びている。

著者の塩田武士氏は1979年、兵庫県生まれ。新聞記者を経て2010年にデビューした気鋭の若手作家だ。

事件発生当時はまだ幼児だったという塩田氏は、なぜ昭和の亡霊ともいうべき「グリ森」を現代に蘇らせたのか。執筆にかけた思いを聞いた。(取材・文/平井康章)

新聞すべてに目を通した

この一冊を書くために、「グリ森」の関連書籍や公表されている資料に可能な限り当たったのはもちろん、事件が起こった84年から85年にかけての新聞すべてに目を通しました。事件現場にも何度も足を運びましたし、周辺に住んでる方への「聞き込み」もやりました。そこまで徹底して下地作りに取り組んだのは、これが僕にとっての「原点」であり、「勝負作」であるからです。

『罪の声』を執筆するために塩田氏が作成した資料の一部。

僕は関西生まれなので、幼いころから「グリ森」の象徴である〝キツネ目の男〟の顔は知っていました。親から「毒が入ってて危ないかもしれんから、お菓子食べたらあかんで」と言われた記憶もあります。ただ、小さいころの僕にとって〝キツネ目の男〟とは幽霊というか、見てはいけないものというイメージでしたね。

そんな「グリ森」に興味を持ったのは、大学生だった21歳の時です。