週刊現代 歴史
闇に埋もれた戦前日本の対中「アヘン政策」~岸信介の金脈を暴く
それは公然の秘密であった
東条英機(前段中央)と岸信介(最後列左)〔PHOTO〕gettyimages

最大のタブー

前回(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49375)の最後にほんの少しだけご披露した文書について、もう少し詳しくお話ししたい。

この文書は、終戦翌年の1946年5月、中国の南京高等法院からGHQ(連合国軍総司令部)に送られ、東京裁判の検察側証拠の一つになったものだ。

日中戦争の開始以来、日本が中国を占領支配するのにアヘンをどう利用したか。その実態を南京政府(汪兆銘政権。日本の傀儡だった)の元幹部である梅思平(同年9月、死刑)らの供述などに基づいて告発している。

その核心部をこれからご紹介しよう。なお、原文の片仮名表記は、読みやすくするために平仮名に変えてあることをあらかじめお断りしておく。

〈中国に於ける阿片取引は二つの理由によつて、日本政府の系統的政策であつた。第一に、内蒙古占領に続いて日本人により立てられたる傀儡組織であつたところの蒙疆自治政府は、罌粟の栽培を習慣としてゐる内蒙古で阿片を購ふ事に依つて財政的不足を解決せんと努力した〉

要するに、満州につづいて日本軍が占領支配した蒙疆(現在の内モンゴル自治区)政府の財政は、アヘンの売り上げで賄われていたということだ。

これは1980年代、江口圭一・愛知大名誉教授(故人)が発見した日本側資料によって裏付けられた客観的な事実である。

文書は、第二に日本政府自身も〈戦争に依る経済的困難〉を切り抜ける道としてアヘンに頼ったと指摘している。

そのうえで〈阿片購入用として指定せられたる蒙疆傀儡政府の貸附金〉はまず東京の大蔵省に送られねばならず〈そこで全額の幾分かは保留された〉と記している。