週刊現代
芥川賞作家・堀江敏幸「再読」のススメ~春夏秋冬楽しめる「人生最高の10冊」

コレクターから読書家へ

子どもの頃から物語に没頭したり、自分で書いたりしていたという作家の方は多いようですが、僕にはそういう体験はないんです。むしろ物としての本が、本のある景色が好きでした。

小学生時代は、友だちとの遊びに忙しくて、家に帰るとすぐ出かけていました。ただ、待ち合わせ場所にしていたのが、木造一戸建ての小さな図書館で、そこで大人向けの本の棚を眺めていたんです。

背表紙の字面が面白い本を、時々抜き出していました。遠藤周作の「狐狸庵」、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズなどが記憶に残っていますね。河原で好きな形や色の石を見つけて拾うのと同じような感覚です。

高学年になると、待ち合わせ場所が町の本屋さんになりました。週刊の漫画雑誌をみんなで立ち読みしてから遊びに行くんです。そのうち、平台の文庫本に自然と目が行くようになった。当時、角川書店が映画とタイアップして文庫本を売り出していた。横溝正史の作品などは、のちにかなり読みましたね。

もっとも、気に入っていたのは、その書店の奥の、少し暗い所にあった、新刊ではない、岩波文庫の棚でした。今のようなカラフルで光沢のあるカバーではなく、パラフィン紙で覆われたシンプルな外見で、そこだけ光の照り返りがなかった。栞の紐が背表紙側に垂れ下がっている新潮文庫の棚もよかった。本をめぐる原風景のひとつですね。

そういう文庫を、乏しい小遣いで買うようになるわけです。当然、安いものから手に入れる。つまり、薄い本です。夏目漱石の『坊っちゃん』、ファラデーの『ロウソクの科学』、シュトルムの『みずうみ』。読める本ではなく、買える本です。ジャンルに関係なく、集めていきました。

なかでも『坊っちゃん』はたびたび読み返してきました。坊っちゃんを可愛がる清の存在がいいんです。彼女はもと由緒のある者で、江戸に生まれ育った彼女の感性が、明治生まれの男児を支える。読み返すにつれて、そこが興味深く感じられるようになった。