週刊現代
清原和博、松井秀喜、香川伸行……甲子園「歴代最強スラッガー」は誰だ?

清原和博/右方向にもホームランが打てる強打者として1年生から4番に座り、2度の全国制覇を達成した。薬物事件に伴い、甲子園内の展示コーナーから清原のボックスが外された。〔photo〕gettyimages

西田が打った同点二塁打が忘れられない

植草貞夫(以下:植草) 「甲子園での最強スラッガーは誰か」と聞かれれば、やっぱりPL学園の清原和博の名前がまっさきに浮かぶ。

うえくさ・さだお/元朝日放送アナウンサー。'32年東京生まれ。朝日放送時代は’98年まで夏の甲子園の実況を担当。「甲子園に奇跡は生きています!」など数々の名実況を残した

木嶋一黄(以下:木嶋) '85年、清原が3年夏の宇部商との決勝で、左中間に同点ホームランを打った際の「甲子園は清原のためにあるのか」という植草さんの名実況は今も語り草ですね。

きじま・いっこう/高校野球審判員。'49年兵庫県生まれ。甲子園での審判経験も多数。審判は52歳で引退したが、現在も審判技術顧問として甲子園に通い選手たちを見守る

植草 あとでNHKのアナウンサーに「あんなこと言っていいんですか」と言われたけど、思わず出てきたフレーズだった。あの一発が甲子園通算13本目。2位の6本を大きく引き離すダントツの数字ですよ。それだけに覚醒剤で逮捕されてしまったのは本当に残念です。

桑田真澄〔photo〕gettyimages

木嶋 PL学園は今夏で休部となりましたが、「KKコンビ」(桑田真澄も2位タイの6本のホームランを放っている)を始めとして数多くのスラッガーを輩出しました。その中でも「逆転のPL」と呼ばれ、強さの礎を築いたのが西田真二でした。

植草 '78年夏の高知商との決勝戦で放った同点の二塁打は印象深いですね。

木嶋 投手でありながら思い切りのいい打ち方で三振かホームランかみたいなスイングをしていた。

植草 優勝インタビューで、感激する父親に西田が「お父さん、泣くなよ」と言うシーンは胸が熱くなりましたよ。

福留孝介/'95年夏の初戦では、ライトへ125m級のホームラン。次の打席ではホームランを放つ 〔photo〕gettyimages

木嶋 PLといえば福留孝介もいましたね。バックスクリーンに突き刺さる3ラン('95年春、銚子商戦)は衝撃でした。彼は2年生の時から高校日本代表に選ばれるのですが、練習でも一人だけプロの打球だったそうです。