ビートたけしがむき出しにした「中流意識」への苛立ち〜連続女性殺人犯・大久保清とたけしを分かつもの
ビートたけしが演じた戦後ニッポン(2)

俳優・ビートたけしはこれまで多くの「昭和の大事件」の当事者を演じてきた。大久保清、千石剛賢、田岡一雄、金嬉老、東条英機。さらには、3億円強奪事件の犯人、豊田商事会長刺殺事件の犯人、エホバの証人輸血拒否事件で死亡した男児の父親……。

はたして、たけしの演じた人物と彼自身はいかに重なり合ったのか? あるいは両者のあいだに相違点はないのか? 第2回となる今回は、"ひょうきん族"全盛期のたけしが演じた、連続女性誘拐殺人事件の犯人・大久保清との接点を探る。

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芝居がうまいだけの役者では無理だった

ビートたけし主演の単発ドラマ『昭和四十六年、大久保清の犯罪』がTBS系で放送されたのは、1983年8月29日のことだった。

この数年前のマンザイブームのなか、ツービートの片割れとして頭角を現したたけしは、ラジオの深夜番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』とバラエティ番組『オレたちひょうきん族』が1981年に始まったのを機に単独で活動することが増え、このころには若者を中心に圧倒的な人気を集めていた。俳優としてもこのドラマ放送の3ヵ月前の1983年5月には、出演した大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』が公開され、強い存在感を示した。

ここからシリアスな演技もできる俳優としても注目度が高まっていたからだろう、『昭和四十六年、大久保清の犯罪』は34.0%という高視聴率を記録している。

【PHOTO】gettyimages

このドラマを企画したのは、TBSのプロデューサーの八木康夫である。八木はたまたま読んだ筑波昭のノンフィクション『昭和四十六年、群馬の春 大久保清の犯罪』(草思社、1982年)が面白かったので、これをドラマ化しようと思い立つ。

大久保清とは1971年3月から5月にかけて、あいついで若い女性を殺害した犯人である。それ以前より大久保は強姦事件をたびたび起こし、67年からは府中刑務所に服役していた。連続殺人におよんだのは仮出所直後(当時36歳)のことで、その手口は群馬県内をクルマで走り回り、画家や教師などを装いながら女性に声をかけ、ドライブに誘うというものだった。

自供によれば、声をかけたのは127人にのぼり、35人をクルマに連れこんだという。このうち警察に通報するなどと言って抵抗した相手を殴り倒して絞殺し、榛名山中など県内の各所に埋めた。逮捕されたのは5月14日で、その後の自供から8人の遺体が掘り出される。一審で死刑判決を受けた大久保は控訴せず、76年1月、東京拘置所で刑が執行された。

そんな凶悪犯の役には誰がふさわしいか? 八木の頭にひらめいたのが、たけしであった。しかしTBSの社内では、このキャスティングに対する反応はいまひとつだったらしい。

《キャスティングの話題性だけじゃドラマはできないというのがその理由。でも、僕はほかの人では考えられなかった。“たけちゃんマン”全盛の当時のたけしさんっていうのは、大久保清という人物とは対極のところに存在するキャラクターですよね。そのたけしさんの俳優としてはまったく未知数の部分にかけたかったんです》(『ザテレビジョン』1996年9月27日号)

社内ではたけしに芝居ができるのかという反対もあったという。企画段階ではまだ『戦場のメリークリスマス』は公開されておらず、連続ドラマで主演した経験もあったとはいえ(1982年放送の『刑事ヨロシク』)、そこでの役どころはコメディアンと地続きだったから、シリアスな演技が可能か疑問視されたのも無理はない。

テーマについても、いくらサスペンスものでも、婦女暴行犯を主役にした話はだめだという空気もあったようだ。これに対し八木は、お笑い界のスター・たけしを起用すれば、陰惨な事件を中和できるし、なおかつ話題性を持たせられると、社内を説得してまわったという。これはこのドラマで脚本を手がけた池端俊策の証言だ(『キネマ旬報』2016年5月下旬号)。

池端もまた、八木からドラマの脚本を依頼されたとき、一瞬「うーん?」と疑問を抱いたらしい。だが、しだいに、《でも他にじゃ誰がいるかとなると、非常に難しい役だから、既成のただ芝居がうまいだけの役者さんではこの犯罪者はできないなというのがあって、最終的にいいんじゃないかなと》思うようになったという(池端俊策『池端俊策 ベスト・シナリオ セレクションⅡ』三一書房、1998年)。