瞬間最高視聴率59.5%!シドニー五輪でQちゃんが見せた「意地の激走」〜あの金メダルまでの道のり

高橋尚子×小出義雄×金哲彦
週刊現代 プロフィール

小出 小出がQちゃんを育てたと思っている人が多いかもしれないけど、金ちゃんが土台を作ってくれて、僕は仕上げをペロッとやっただけ。

金 いえいえ。でも、当時はこの子がマラソンを走るようになるなんて、まったく思いませんでした。1万mでさえ走れなくて、5000mがやっとだったもんね。マラソンの走りではなかった。

小出 初めはまだ素人の走りで、「やだ、やだ」って走っていた。

金 手を横に振るから、そう見えるんですよ。

小出 でも、手の形は良かった。心臓の機能の良さは手先に出るというのが僕の持論なんだけど、Qちゃんは金メダルを取れる手先をしていたよ。

高橋 監督は最初にお会いしたとき、「足首から下はいいね」って言ったんですよ。おかしくないですか、金さん。

金 監督は選手と会うと、足首をまず見るから(笑)。

小出 手も足も良かったの。それに心臓もすごく優れていた。これは時間が経てば面白くなるなって思ったよ。

「おまえは世界一になる」

金 どんどん力をつけていきましたよね。何より練習量が並外れていた。

高橋 まわりの方がみんな速いので、通常の練習だけで終わっていたら、差は永遠に埋まらない。そう思って、朝練後も昼練後も、1時間のジョギングをしていました。色んな所を走れるから、冒険みたいで楽しくて。

小出 そのまま帰ってこないんだよ。そのうち知り合いから電話がかかってくる。「Qちゃん見かけたよ」って。

金 練習拠点の佐倉(千葉)にいたとき、Qちゃんの目撃情報は色んな人から聞かされました。僕が入院していたときなんて、練習の格好のまま汗びっしょりでお見舞いにくるから、病室で相部屋だったおじいちゃんたちがビックリしていた。

高橋 すみません(笑)。

小出 いつも動いていないといられない性分なんだろうね。

高橋 リクルートに入ってから最初の都道府県対抗女子駅伝('96年)で、区間4位になれたのはビックリしました。それまで6回出て、悪いときは45位。小出監督の元で頑張ってきてよかったと、自信を持つことができたレースでした。

小出 '97年1月、大阪国際女子での初マラソンも僕は優勝すると思ってスタートさせたんだけど、結果は7位。35kmくらいでジョギングになっちゃったの。

金 2時間31分台でボロボロの結果でした。

新生・ブルーバックス誕生!