週刊現代
靖国「A級戦犯合祀」の黒幕にされた男〜靖国問題"発生"の舞台裏を明かす
戦後特別企画・伊藤智永さんインタビュー
靖国神社を参拝する小泉元首相〔PHOTO〕gettyimages

過酷な「実務」になぜ耐えられたのか

戦中は陸軍高官として全国から召集された兵士を戦地に送る作業を担い、戦後は官僚として復員や遺骨収集、さらに戦死者の靖国合祀や千鳥ケ淵墓苑の創設に尽力した美山要蔵。伊藤さんがこのたび上梓された『靖国と千鳥ケ淵 A級戦犯合祀の黒幕にされた男』は、その足跡を辿りつつ、いわゆる「靖国問題」がどのように生じたのかを解き明かした長編ノンフィクションです。

小泉純一郎政権の時代に、靖国問題がクローズアップされたことが本書執筆のきっかけでした。

そもそも、靖国神社が問題視されるようになったのは、A級戦犯が合祀されてからです。そこでまず、靖国神社内部でA級戦犯合祀に動いたのは誰なのか取材しました。

しかし合祀は、靖国神社が単独で勝手に行えることではありません。手続きとしては、国が合祀にふさわしいと判断した戦死者を「祭神名票」に記載し、靖国神社に通知して、この名簿に基づき、靖国は合祀を行うわけです。

では、国の側で祭神名票をまとめた中心人物は誰だったのか。そこを詳しく取材する過程で美山要蔵という人物に興味を持ったんです。

農家の五男として生まれた美山は陸軍幼年学校、士官学校、陸軍大学校を優秀な成績で卒業。開戦時は陸軍参謀本部の「編制動員課長」でした。

本人は作戦参謀として華やかに活躍したいという思いもあったようですが、実際に配属されたのは「裏方」とも言うべき編制動員課でした。

この部署は、国内外に展開する何百もの部隊を、列車のダイヤを組むかのように配置するのが仕事です。太平洋戦争では、4年間で260万人が海外に派兵されましたが、大半は美山が動員課長の時期に送り出されました。

召集された兵士の家族から見れば、自分の夫や息子を戦地に送りこみ、ひどい場合は戦わずに餓死させてしまった計画の責任者が美山ということになる。とても重い役割を担っていたんです。