「113万体」世界に眠る戦没者の遺骨をどうするのかという、この国の宿題
栗原 俊雄 プロフィール

未収用遺骨は113万体

戦争は、政治家や軍人など為政者たちが始めた人為的な災難である。間違った国策によって被害を受けた人は、国の補償を受ける権利がある。補償をするのは、帝国の後継である日本国政府だ。ところが、その政府が戦後補償、ことに国と雇用関係になかった民間人への補償を拒んできたことは、以前の「常夏通信」で書いた通りだ。そして、亡くなった人たちの遺骨収容についても、政府は責任を果たしてこなかった。

前述の310万のうち、240万人が海外(沖縄、東京都小笠原村硫黄島を含む)で亡くなった。政府は「サンフランシスコ講和条約」が発効した1952年の独立回復以来、遺骨収容を続けてきた。今日まで127万体が帰還したとされる。このうち、政府の事業によるものは34万体に止まる。大半は戦友会や遺族らが収容したものなのだ。

そして、未収容の遺骨は113万体に及ぶ。

「政治は結果だ」という趣旨のことを政治家はしばしば言うが、戦没者遺骨の収容に関する限り、およそその責任を果たしてきたとは言い難い。メディアはよく「戦後補償問題」という言葉を使うが、正しくは「戦後未補償問題」なのだ。以下は主な地域と未収容の遺骨の概数である。

中国(23万)▽インド(1万)▽ミャンマー・タイ・マレーシアなど(4万6000)▽フィリピン(37万)▽インドネシア・北ボルネオ(2万5000)▽中部太平洋(17万)▽ビスマーク・ソロモン諸島(6万)▽ロシア・モンゴル(3万)▽北朝鮮など(5万)。

遺骨収容における未補償問題で象徴的なのが、硫黄島(東京都小笠原村)である。クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」などで知られる通り、この島は第二次世界大戦末期、日米両軍が激戦を繰り広げた場所だ。

都心から1250キロ南の離島とはいえ、首都東京の一部である。自衛隊が常駐している。その地にして戦後71年が過ぎた今、戦死者およそ2万1900万人のうち、いまだに1万体以上の遺骨が未収容なのだ。