高橋源一郎をノックアウトした「今、ほんとうに必要なことば」
講談社文芸文庫・私の一冊

年表を見ると、森茉莉のただ一つの長編小説『甘い蜜の部屋』の刊行は昭和50年の8月とある。その頃、わたしは24歳で、大学に籍はあったがもちろん行くこともなく、日々、肉体労働をしていた。

本を読むこともほとんどなくなっていたが「森茉莉の長編小説」は、それだけで文学的な「事件」であることぐらいはわかっていた。刊行直後に読み、そして、完全にノックアウトされたのだった。

それは、数年前の大きな政治的・社会的運動の失敗のあと、気が抜けたようになっていた、わたしのような「時代に翻弄される若者」にとって、二十億光年も向こうにある世界に見えた。

遥か遠い過去、美しすぎる無垢な少女が男たちを翻弄し破滅させてゆく様子が、こりに凝った美文で綴られている。「おれとはなんの関係もない!」。そう呟きながら、あまりにも強烈な魅力が、そこにはあったのだ。いったい、なぜ、そして、森茉莉の何に、わたしは惹かれたのだろうか。

文豪・森鷗外の愛を一身に受けて育った茉莉が、作家の道を歩むようになるのは、50歳を過ぎてからだった。それ故、森茉莉が残した作品は少ない。けれども、そのすべてが強烈な印象を読者に残す。たとえば、エッセイの代表作であるこの『贅沢貧乏』のように。

貧しいアパートの一室に暮らしながら、この老嬢は、その場所を豪奢な世界とすることができる。なにによってか。記憶とことばによってだ。一切を失ったように見えても、たったひとりで、世界と対抗することができる。ことばの使い手には、それができるのだ。

「現実の中だけで幸福だ、と言う人があれば、それは遠い祖先の猿から、あまり進歩していない人である」

こう言い切った森茉莉のことばは、ほとんど現実に負けそうになっていたわたしの中にしみこんでいったのである。「遠い祖先の猿から、あまり進歩していない人」たちばかりの世界が到来しつつあるいま、ほんとうに必要なのは、森茉莉のことばなのだ。

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)
作家、文芸評論家。『さようなら、ギャングたち』でデビュー。近著『動物記』『ぼくらの民主主義なんだぜ』ほか、小説、評論など著書多数。
現実世界から脱却し、豊饒奔放に生きた著者が、全存在で示した時代への辛辣な批評。豪奢な精神生活が支える美の世界。表題作ほかエッセイ十二篇を収録。