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東京中を破壊するゴジラが、いつも素通りする場所とは? 「シン・ゴジラ」が暗示する日本のあやうさ

中川 右介 プロフィール

東京を破壊しつづけるゴジラが、絶対に触れないもの

自衛隊はじめ政府機関の協力も得ており、脚本の段階でかなりリサーチもされ、シミュレーションされているのだとは思うが、決定的に抜けているのは、天皇をはじめとする皇族の避難問題だ。

現実の菅直人元首相の回想録では、「どの段階で皇室に避難していただくかも慎重に判断しなければならない」状態だったことが明かされている。(『東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと』幻冬舎新書)

さらに、総理や官房長官の記者会見のシーンはあるものの、マスコミの動きはほとんど出てこない。

野党も出てこないし、さらには国会の存在も感じられず、これも現実とは異なる。

現実の菅内閣がどうだったかといえば、民主党内の反主流派(小沢一郎のグループ)、野党(自民党等)、そしてマスコミとの対応にもかなり苦労していた。

また、ゴジラにより都市が瓦礫の山になっている画は観せてくれ、それはそれでショッキングな映像なのだが、それによって日本社会がどうなり、日本経済がどうなってしまったのかは描かれない。

人々が避難しているシーンと、避難所のシーンはあるものの、生活が壊された感じはない。

このように、「描かれていない」点をあげていけばいくつもあるが、それはないものねだりというものなので、そのことで批判する気はない。

いま挙げた要素を入れればいい映画になるわけでもないだろうし、だいたい作り手は何が抜けているか分かっていて、あえて、削っているのだろう。

ただ、皇室については、気になる。

実は、最初の1954年の『ゴジラ』やそれ以後の作品でも、ゴジラが東京に出現する際は、東京湾から上陸し、銀座や国会議事堂は破壊するが、そばにあるはずの皇居は素通りするのだ。

これについてはさまざまな勝手な解釈がなされているが、『シン・ゴジラ』という、これほどリアリティにこだわった作品でも「皇室の避難」が論じられもしないのは、ちょっと残念だ。