デートで大切なことはすべて「サイゼリヤ」が教えてくれた
バブルを知らない僕らの救世主!?
イラスト:サカモトトシカズ

外食チェーンが好きでたまらない著者が本気で書いた『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』。発売即重版と話題になっている本書のなかから、今回は「サイゼリヤ愛」を語ったパートを公開する。

サイゼリヤが教えてくれたこと

かつてバブルの頃。イタリアンを「イタメシ」と呼んだ時代があった。

ワンレンボディコンを決め込んで、ハナキンはアッシーにジュリアナへ送らせ、メッシーにはイタメシを奢らせ、トレンディードラマは石田純一だった時代。

そんな極限的に浮ついた世間にあっても、熱狂の輪の中に入ろうとしない人間は一定数存在していて、イタメシなんぞは本気でチャーハンの類だと思い込んでいた律儀な人もいたという。

その一方で、イタメシ以外に、フランス料理をフラメシ、タイ料理を鯛めし。オマーン料理をオマーンマ。トリニダード・トバゴハンなんて呼ぼうとするゲリラ的な運動も地下であったようだが、定着しなくて本当に良かったと思う。……賭場ゴハンって、鉄火巻だろ。

80年代後半は、まだパスタという呼び名すら定着していない時代。”イタリアン”という言葉にも馴染みは無く、大半の日本人はなんとなくスパゲティやピザなんだろうなという朧げな認識がある程度。

それ以外に何があるのかを問うても、答えられる人はほとんどおらず、窮したオッサンが「そんなものより伝説の袋ラーメン”マダムヤン”の方が有り難い。マダムヤーン、マダムヤーン」と志村けんが如く朗々と歌い上げるのが昭和という時代である。

当時学生だった筆者にとって、バブル時代の”イタリアン”の思い出なんてものは、学校の近くにできた「ティラミス」という、いかにもなラブホテルの、いかにもなロゴ入りTシャツを、同じ学年のおてもやん似の女子が学校に着てきて大騒動になったことぐらいである。あれはショックだった。

そんな浮かれ知らずの俺らDJこと団塊ジュニアにとって”イタメシ”のイメージなんて所詮はその程度。我々が本当の意味で「素晴らしきイタリアンの世界」に触れることになるのは、それから少し待たなければならない。