国際/外交
信長はなぜキリスト教を保護したか? 宣教師フロイスが見た「16世紀日本のクリスマス」
〔photo〕iStock

クリスマスと日本人の不思議な関係を解き明かす連載第5回。今回は、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが残した貴重な記録をずんずん調査します。信長のキリスト教保護政策から秀吉の「伴天連追放令」へ。その時、クリスマスはどう変貌したのか?(→第1回はこちら

文/堀井憲一郎
(コラムニスト)

 イエズス会士たちの「目的」

16世紀後半の日本について詳しく書いたポルトガル人がいる。

ルイス・フロイス。

彼の書いた「日本史」は、いまでは中公文庫で12冊になって出ている。

フロイスは16世紀の日本にやってきたイエズス会の司祭である。1563年32歳のおりに来日、1597年長崎にて66歳で没するまで、一時期マカオに滞在した時期をのぞき、戦乱期の日本を30年余、目撃しつづけていた。信長より2歳、秀吉より5歳年長である。

「日本史」というタイトルながら、その中身は「日本でのキリスト教布教史」である。本人が自発的に書いたものではなく、ポルトガル本国から日本の布教の歴史を書くようにという依頼があり、それに基づいて執筆した。彼が来日する前の「ザビエル、トルレスの日本上陸」から40年余の日本について描いている。

これまた、「日本人全員をキリスト教徒にして、いつの日か日本全土をキリスト教国たらしめんための、その途中経過」という体裁で書かれているため、キリスト教徒ではない日本人から見れば(それがいまだに日本人の大多数であるが)異様だとしかおもえない記述が目立つ。

あらためて、イエズス会士たちの目的は「日本古来の習俗をすべて廃し、神社も仏閣も仏像もことごとく破壊して、この島国の隅々までをキリストの国にすること」にあったのだとおもいいたる。きわめて暴力的な存在である。あまり中世の宗教をなめないほうがいいとおもう。

フロイス自身も「日本の祭儀はすべて悪事の張本人である悪魔によって考案されたものである」(中公文庫3巻51章冒頭)と明記しており、つまりお正月のお祝いも、節分も、お盆の墓参りも、秋の収穫祭も、すべて「悪魔によって考えだされたもの」なのでやめさせなければいけない、と強く信じていたわけである。

真剣に読んでいると、かれらの圧迫してくる精神に(日本の習俗をすべて廃させようとするその心根に)とても疲れてくる。ほんと、よくぞ国を鎖してキリスト教徒たちを追放してくれたものだと、個人的にではあるが、秀吉・家康ラインの政策をありがたくおもってしまう。

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