「詩聖」と呼ばれた杜甫が、なぜいま再び見直されるのか
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文/松原朗(専修大学教授、中国文学)

詩仙・李白にならぶ「詩聖・杜甫」

「国破れて山河在り」。杜甫は、安禄山の反乱軍に囚われて長安にあって、この「春望」詩〇一四八(『杜甫全詩訳注』〈講談社学術文庫〉で採用した詩番号)を作った。

755年に勃発した安禄山の乱は、玄宗皇帝が築き上げてきた太平の世を打ち砕いた。唐三百年の歴史を前後に隔てる分水嶺となり、杜甫の59年の人生を真っ二つに引き裂いた。杜甫の文学は、国家の破滅と、己れの人生の転落をまともに引き受けることで、真実の文学へと鍛え上げられた。

その杜甫の文学は中国における評価の高まりを受けて、鎌倉時代以降、日本でも多くの読者を持つことになり、松尾芭蕉が杜甫の詩集を携えてからは、日本人の古典の一部となったといってもよいだろう。

杜甫全詩訳注』の刊行は6月から始まり、全四冊の完結は10月を予定している。各巻およそ900頁、この4冊が書店の棚に並んだ姿は壮観であろう。もっとも本書の価値は、その物量ではなく、日本で80余年ぶりに、中国最大の詩人である杜甫の全詩訳注が刊行されたという読書史的な意義にある。

これまで日本で唯一の杜甫全詩の訳注は、昭和の初めに成った鈴木虎雄の『杜少陵詩集』全4冊である。この鈴木注は出来が良かったが、当然ながらその後の研究成果は反映されず、日本語も、今の読者には随分古めかしいものになった。

その後、杜甫の全詩訳注を志す篤学者もいないではなかったが、長短およそ1500首という膨大な作品量と、杜甫一流の難解な詩句に沮まれて、完成に至るものはなかった。

いったい杜甫の詩は、『論語』といった儒家の経典、『史記』に始まる膨大な史書、老子や荘子などの諸子の学、加えて漢魏六朝の貴族文学の精華を集めた『文選』等、先行古典をふんだんに踏まえて作られている。そればかりか至る所に「頓挫」と称される大胆な詩脈の切断と跳躍が潜んでいて、これゆえに杜甫の詩は深みを増すのだが、難解にもなる。杜甫に注釈が不可欠であることは、日中を通じての定論である。