週刊現代
不倫男が結局、家庭に戻る「ズルい」言い訳~高橋和巳の名著から「その筋」のホンネを読み解く
佐藤優の「名著コロシアム」第2回
〔PHOTO〕iStock

諦めてるわりには活動的な男

高橋和巳(1931~1971年)は、全共闘世代によく読まれた作家だ。現在、60代後半以上の人々で、この小説家の作品を熱心に読んだ人は多いと思う。知識人である主人公が、現実との壁にぶつかって破滅していくというのが基本ストーリーだ。同時に、気が強いが、それを隠すことができる女性に翻弄されていくというエピソードが必ず含まれている。

同氏が京大の助教授をつとめていたが、全共闘系の学生に同情して退職したことが、「あの時代に学生側に徹底的に寄り添った教師がいた」という神話になっていたことと、学生運動では、東京と比べて10年の時差があったことが影響していたと思う。

現代的視座から解釈するならば『我が心は石にあらず』は、不倫小説で、しかも男の生活保守主義を正当化する内容だ。それだけに、男がズルく立ち回る知恵が随所にちりばめられている。

主人公の信藤誠は、地方都市の宮崎精機という中堅企業に勤める技師だ。学徒動員で特攻隊にいたが、出撃前に終戦になった。

〈 長い長い待機命令の間、明日にも攻撃命令が下るだろう、明日にも俺は指名されるだろう、いや指名されずとも自ら死の順序の早からんことを願って志願して出るだろう―人間の生命とは何か、国家の大義とは何か、歴史の真実とは何か、運命愛とは何か、戦争とは何か、勝利とは何か、敗北とは何か、なかんずく自己のもはや存在せぬ勝敗とは何を意味するかを思い悩みつづけながら、説明し難いある一瞬を境にして、私はもはや自己の死を意識しなくなったものだった。

(中略)客観的にはもっとも惨めな運命に圧倒されている時、私は、もっとも寛仁であり、もっとも優しい諦めの感情の中にいた。あらがってみてもどうにもならぬ。ただ目を閉ざし、巨大な流れに身をゆだねるより方法はないのだ、と 〉

「諦め」というのが信藤誠の基本哲学だ。もっとも諦めている割には、この人はいろいろなことに手を出す。会社からは重役昇進を勧められているのに組合委員長をつとめている、さらに科学技術の成果を合理的に用いれば理想的な社会が出来るはずであるという科学的無政府主義という思想を掲げて、地域連合というサンジカリズム(労働組合主義)の運動を率いている。

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