元銀行マンがつくる21世紀型「老舗ホテル」の原点
畑違いだからこそ、観光の未来が描けた
Image photo:iStock

藤田観光は、長州・奇兵隊出身の藤田傳三郎が築いた藤田財閥の流れを汲む企業だ。傳三郎の大阪本宅「太閤園」をレストラン、箱根の別荘を「小涌園」、東京宅を「ホテル椿山荘東京」として運営し、ワシントンホテル、ホテルグレイスリーを全国に展開している。銀行出身の瀬川章社長(61歳)に聞いた。

(取材・文/夏目幸明)

「たまたま」もらった銀行の内定

面白さ

いかに時代の流れに乗るかが、ビジネスの面白さです。当社は戦後、藤田家の不動産を一般開放し、観光資源にすることを目的に誕生しました。

温泉や美しい庭園に団体旅行のお客様をお招きし、贅沢な時間を楽しんでいただくビジネスモデルは、昭和の世の中にマッチしていたと思います。

バブル後は、いかに安くサービスをお届けするかを競う世の中が来ました。そして今は「オーダーメイド」の時代です。現在は、娯楽もモノも世にあふれています。だからこそお客様は、ありふれたものでなく「もっと私らしい時間」をアレンジできる企業を求めているのだと思います。

ただし、再び円高が始まるなど様々な要素が絡み合い、理屈や思惑通りにいかず、状況がいつも「グレーゾーン」にあることもビジネスの面白さですが(笑)。

適材適所

せがわ・あきら'55年、北海道生まれ。'77年、北海道大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。'08年にみずほコーポレート銀行常務執行役員となり、'10年に藤田観光の筆頭株主であるDOWAホールディングス常勤監査役へ就任。'12年に藤田観光株式会社顧問に就任後、副社長を経て、'13年に社長就任、以来現職

北海道で生まれ育ちました。銀行に就職したのは、たまたまです。地元で就職しようと公務員試験を受けたのですが合格せず、手当たり次第にいろんな企業を受けました。

するとある日、下宿先のお婆ちゃんが「どこかの会社から電話があった」けど「どこか覚えてない」と言う(笑)。仕方なく受けた企業すべてに電話をすると、日本興業銀行が「ウチは電話してないけど、よければまた面接に来る?」と言ってくれたんです。それで、ここが最初に内定をくれたので就職しました。

今思えばまったく主体性がありませんが、時には自分の運命を他者にゆだねるのも悪くはありません。手当たり次第に受けた中で、面接官の方々に、私に適した場所を見つけてもらったのかな、と思います。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら