週刊現代
「売れないなら、売れるように書けばいい」ベストセラー作家が明かす「ノンフィクションの魅力」

渾身の力を込めても適わない相手

読む側から書く側へ。僕が読者から作家へと立場を変えたなかで、影響を受けた本たちです。

'02年頃、当時の僕は通信社の記者をやりつつ漫画の原作をしていたのですが、知己の編集者から小説を書いてみないかと誘われたんです。それが作家デビューのきっかけでした。

せっかくのチャンスなので、小説について勉強しようと半年間で100冊以上を読み漁りました。そのなかで一番を選ぶとしたら、宮部みゆきさんの『火車』。今でも年に数回は読み返す、作家として目標とする作品です。

登場人物がスーパーマンでないところにまず惹かれます。

主人公の刑事・本間俊介は遠縁の親戚に頼まれ、ある人物を捜索し始める。本間は発砲事件で足を負傷し休職中。さらに公の捜査でないために警察手帳も使えないなど、手枷足枷を掛けられながらも、徐々に手がかりを見つけていく。

クレジットカード破産などの社会問題を背景に、物語は展開されます。僕も自分の作品に経済問題などのニュースを取り入れますが、宮部さんはそういった素材の引き出し方が巧み。

元記者の実感として、取材をし過ぎると「取材したことだけ」しか書けなくなって物語の進行を邪魔してしまう。宮部さんは物語に真に必要なものを掘り起こし、活かしていると感じます。

そしてとにかく凄いのが内面描写です。特に好きなのが、国会図書館のシーンです。ある事情から官報の死亡欄から生き別れの父の名前を血眼で探す女性。隣にいた事情を最もよく知るはずの夫は、愛する妻の姿に浅ましさを感じてしまう。「自分の顔を鏡で見てみろよ」。汚物を見るような眼で自分を見る夫の言葉に、彼女は絶望する―。

読むたびに、自分は死ぬまでに作家としてこの高みに届くだろうかと考えさせられます。人間が生きることの業、ストーリーテリングの巧みさ、物語の終わらせ方も含めて、宮部作品で最も影響を受けた一冊です。