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イラク戦争を検証し続けるイギリスと、一顧だにしない日本〜その「外交力」の致命的な差
日本が噛み締めるべき「教訓」
トニー・ブレア英首相とジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)。あのイラク戦争は何だったのか?〔photo〕gettyimages

文/笠原敏彦

イラク戦争とは何だったのか?

イギリスは「検証の国」だ。

その背景には、今ある社会を、現在と過去と未来をつなぐ存在とみなす叡智があるように思う。将来世代に対し記録と教訓を引き継ぐ意思が社会のDNAとなっているということである。

しかし、検証はときに日本人が考えるほど立派なものではなく、問題に区切りを付けるための便宜的な手段となることもある。その中で、イギリスのイラク戦争参戦の経緯などを検証してきた独立調査委員会(チルコット委員会)が7月6日に発表した報告書は圧巻である。

7年の歳月をかけ、参戦を決めたブレア首相ら当時の政府高官ら約150人を聴取、政府文書への完全なアクセス権を与えられ15万件の証拠を調べ上げた。そして、「軍事行動は最後の手段ではなかった」「法的根拠を十分に満たしたというにはほど遠い」などとブレア氏を厳しく批判している。

英紙「フィナンシャル・タイムズ」は社説で報告書をこう評価している。

“イギリスの統治の在り方には嘆くべきことが多い。しかし、少なくともこのチルコット報告書で、イギリスのエスタブリシュメント(支配層)は重大な失敗を不問に付すことはしないという決意を示した”

イギリスのイラク戦争に関する独立調査委員会の検証は実に今回で3回目だ。イラクの大量破壊兵器(WM)をめぐるブレア政権の情報操作疑惑を主に扱った過去2回の検証報告書は国民から「うわべだけのごまかしだ」などと批判を受け、今回の徹底的かつ包括的な検証につながった。

イギリスはサダム・フセイン政権の大量破壊兵器の脅威を大義としてアメリカとともにイラク戦争を始め、2003年3月の開戦から09年の撤退までに兵士179人の死者を出した。しかし、大量破壊兵器は見つからなかった。

さらに、ブレア首相が主張した「世界をより安全にするための戦争」は結果的に何をもたらしたか。

ロンドンでは2005年に死者56人を出すイギリス史上最悪のテロが起きた。

世界はイラク戦争の「落とし子」と言える過激派組織「イスラム国(IS)」のテロの脅威にさらされている。多大な犠牲を払ったイラク戦争とは「一体何のための戦争だったのか」。国民の多くが自問し続けてきたのである。