週刊現代 中国 国家・民族
アヘンとともに栄え、アヘンとともに滅びた満州国の裏面史
満州国(1940年当時)〔PHOTO〕gettyimages

岸の清濁を知る人物「古海忠之」

引きつづき「昭和の妖怪」岸信介のことを書くつもりだったが、資料を漁るうちに面白い本に出くわした。これを素通りするのは惜しいので、今回はちょっと寄り道させてもらう。

本の題名は『古海忠之 忘れ得ぬ満洲国』(経済往来社刊)だ。著者の古海は東大卒の大蔵官僚で、1932(昭和7)年に誕生したばかりの満州国政府に派遣された。国務院経済部次長など重要ポストを歴任。実質的には満州国副総理格で敗戦を迎え、戦後はソ連・中国で18年間にわたって拘禁された。

ちなみに岸が満州経営に携わったのは1936(昭和11)年~'39(昭和14)年の3年間。古海は岸の忠実な部下で、岸の裏も表も知り尽くしている。

その古海が語るアヘンの話に耳を傾けてほしい。ご承知と思うが、当時の中国はアヘン中毒患者が国中に蔓延していた。

古海が満州国初の予算を編成していた1932(昭和7)年のことだ。上司が「満州ではアヘンを断禁すべきだ」と強く主張し、各方面の説得にあたった。

その結果、植民地・台湾の例にならい、アヘンを一挙に廃絶するのではなく、徐々に減らす漸禁策をとることになり、ケシ栽培からアヘン製造販売まですべてを国家の管理下に置くことにした。アヘン専売制である。