サッカー
1年半のブランクで失ったキックの感覚、そして試合勘
松原良香 Vol.13
〔photo〕iStock

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「動けないっす」

取材は縁と運が必要だというのがぼくの考えだ。例えば、ある人物を取材したいとこちらが熱望していても、向こうにその気がないことがある(もちろん、それでも周辺を調べて書くという手法もあるが)。その場合、ぼくは無理に押さず、いい巡り合わせとなることを待つ。

一方、こちらは興味がなかったのにひょんなきっかけで面白いと感じて、追いかけ始めることもある。松原良香の場合は後者だった。

この連載の第1回(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44137)で書いたように、松原とは2002年10月にブラジルで出会っている。彼はアビスパ福岡と契約終了後、ウルグアイに渡ったが、外国人枠の関係で契約できず、ブラジルのクラブの練習に参加していた。その後、ぼくたちはしばしば連絡を取り合う仲となった。

彼と再会したのは、2003年6月のことだった。この年から松原は沖縄の「かりゆしFC」に加入していた。

松原は那覇市の中心部、繁華街から少し離れたホテルに住んでいた。約束した近くの食堂に現れた松原は、真っ黒に日焼けしていた。そして顔をほころばせて「元気でしたか」と手を差し出した。ただ、調子を訊ねると、「動けないっす、全く動けない」と顔をしかめた。
 
「1年半のブランクというのは大きいですね」

福岡以降、試合に出場していなかったツケが回ったという。
 
「ここに来たとき(体重が)83キロあったです。今は75。8キロ落ちました。1月下旬、試合に出たんですが、全然フィットしていなかった。(監督の加藤)久さんにも謝ったんです。“自分の力を発揮できなくて、情けないです”と」

特にフォワードにとって生命線とも言えるキックの感覚がなかなか戻らなかった。

「例えばインサイド(キック)で巻いて(コースを狙って)蹴ったりしますよね。そのときにボールスピードとか方向がかつてと違う。自分では強く打っているつもりが弱かったり。

あとは試合勘。前は相手の選手の場所を瞬時に頭に入れて動けていた。今、その感覚がつかめないので、できるだけ簡単にプレーするしかない。ようやく昨日ぐらいから、どこに相手の選手がいるのか感じられるようになってきました」

周囲に相手チームの選手がいないと分かっていれば、前を向いて、勝負してクッといけるんです、と松原は上半身を素早く動かせてみせた。