週刊現代
エッセイスト・海老名香葉子が選ぶ「人生最高の10冊」~戦争の悲惨さを書き続けるために

読書すら忘れていた時もあったけど

父が本好きということもあって、生家には本棚が壁いっぱいにありました。貴重な百科事典を借りに学校の先生が来たこともあったほど。母には西洋の童話を読んでもらったりして、私も小さい頃から本が大好きでした。

国民学校の3年生の時に、クリスマスプレゼントで貰ったのが二宮金次郎の本『二宮翁夜話』でした。

ベティちゃんが載っているような女の子向け雑誌ならまだしも、サンタさんがくれたのは文字がびっしりの伝記。初めて読む大人向けの本で、とても読みきれませんでしたけれど、二宮金次郎が蛍の光で勉強したという逸話を読んだ時には「眼がいい人だったんだな」なんて子供心に思っていました(笑)。

でも、5年生の終わりの3月10日、東京大空襲で家も本も燃えて全部なくなってしまいました。両親を喪って戦災孤児になり、生きるのに精一杯。働き詰めで新聞などの活字を読む暇もなく、好きだった本のことも、いつしか忘れてしまいました。

16歳で三代目三遊亭金馬師匠のお家に引き取られた後に、少しだけ本を読む時間ができました。その時に読んだのが『蟹工船』です。

差別や強制労働の問題を知り、本当に恐ろしかった。私も大変な思いをして働いてきましたけれど、『蟹工船』では、過酷な環境で労働を強いられた人たちが生々しく描かれている。人々がこんな辛い目にあう世の中があってはいけないと、強く思いましたね。

お嫁に来たのが18歳の時。主人の林家三平(初代)は他所様にはそんなそぶりを見せなかったのですが、勉強家であり読書家でもありました。

ある日、夫は金馬師匠に「幸田露伴の『五重塔』は読んだかい?」と聞かれて「いえ、まだ」と答えたんです。でも、夫の古い本箱を見ると、ずいぶん前に読み終えた『五重塔』が入っていた、なんてこともありましたね。知識をひけらかすのが嫌いな人でした。

その頃は、主人の仕事、子供やお弟子の面倒を見るのに忙しく、本とは疎遠になりました。ただ、子供たちのために文学全集を買い揃えたんです。読み聞かせていると「これは昔、母が読んでくれたお話だ」と気づくことも多くて。『マッチ売りの少女』や『小公女』などの題名はその時に初めて知りました。

'80年に主人が亡くなると、一門を残していくために懸命な日々が続きました。慌ただしい生活がしばらくして落ち着いてきた頃に、出版社の方から「本を出しませんか」と誘われたんです。