学校・教育
スタンフォード大学の教壇から、エリート学生に日本語で語りかけると……?
「学び始める姿勢」を整える簡単な方法
〔photo〕iStock

話題書『スタンフォード大学 マインドフルネス教室の著者スティーブン・マーフィ重松氏は、最初の授業で必ず、母の母国の「民族衣装」である着物姿で登場し、スタンフォードの学生たちに日本語で話しかける。なぜか? それにはきちんとした理由があるのだ。

学び始める姿勢

私は最初の授業に着物姿で教室に現れ、学生たちに日本語で話しかけることにしている。これは、教室をマインドフルネスの空間にするためだが、同時にビギナーズマインドを高めるためでもある。

学生が理解しない言葉で話しかけることで、彼らの期待を裏切り、理解できないような経験に向き合わせるのである。

こういうことが起きるはずだという想定をくつがえされると、彼らは目の前の現実と自分の解釈の間にギャップがあることに気づく。自分の世界観を疑って、新しい世界観の可能性に心を開き、それまでの考え方を一新させないかぎり、状況を理解することができなくなる。

こうして授業を始めると彼らはさまざまな反応を見せる。ほとんどの学生は戸惑って、教室を間違えたのではないかと思うようだ。実際、教室から立ち去った学生がこれまでにひとりだけいた。

動揺する学生もいる。エリートである彼らの自己認識を支えているのは、そうした状況をうまくこなしてみせ、教室で求められる物事をいかにうまく扱えるかをひけらかすことだからだ。

馴染みのない何かに向き合わされるとコントロールを失ったように感じて、自分はその状況に対処できるだろうか、いつものようにうまくやれるだろうかと疑いを抱く。不安や、恐れを感じるのである。

だが、なかには自分の混乱に柔軟に対処できる学生もいて、目を見開いて状況を楽しんで、何かすごいことが起きるのではないかと期待を抱く。

危うい感じのする状況に置かれた時には誰もが緊張するものだ。しかし、自らの能力にたいして自信を持ちながら、謙虚さも忘れないというバランスの大切さを知るのに、これはよい方法だ。彼らの教育にとって重要なのは、なんらかの有限の知識にクールに精通することよりも、マインドフルに内省することなのである。

私は知らないこと、あいまいなこと、不確実なこと、複雑なこと、不可解なことがあっても気楽な気持ちでいて、知識を深めてくれる驚きや畏敬を養うことを奨励している。

自分の弱さを知るような出来事を経験すると、学生たちは有能でなければならないという重い気持ちではなく、禅で言う「初心」の軽さを持って授業に参加できるようになる。