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「浣腸をして怒られる子供」を書きたいと思った――気鋭の劇作家・前田司郎が著した話題の小説に迫る
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子どもの世界は社会の縮図

本書は「道徳の時間」「園児の血」の二作からなります。前者は、5年2組で禁止令を破って「浣腸」をし、女子を泣かせた犯人を追及する様を描いた作品。

担任・英里子の独白から始まり、泣かされた洋子、犯人とおぼしき宗也をはじめとする子供たちの胸中を群像劇として描き出し、教室における子供たちの微妙な立ち位置や淡い恋心など、様々な感情をあぶりだしていきます。

「浣腸をして怒られている子供」を書きたいと思っていました。きっかけはちょっとした恋心や悪ふざけだったはずなのに、関わる人が増えるにつれて事態が大きくこじれ、ついには教室中を巻き込んだ「事件」になるというような物語にしたかったんです。

現実でも、不祥事を起こして怒られる人って多いですよね。最近では舛添(要一)さんがその筆頭ですが、テレビで見るたび、大した悪事じゃないのにばかばかしいなと思います。彼が誰からも好かれる人気者だったらこれほど怒られなかったのだろうな、とも。

世の中で起きる「事件」の原理はどれも同じで、些細なことを起点に周辺の感情や思惑が巻き込まれ、波紋が広がるように大事に発展していく。つきつめれば戦争だって同じです。

要人に怪我をさせた、禁止事項を破ったという小さな「悪いこと」が、結果として何千何万の人間を殺すことに繋がってしまう。おそらくその過程に、僕たちの身近な現実との差異はありません。戦争そのものではなく、教室という小さな世界を舞台に「事件」を描くことで、社会の本質を映し出せるのではないかという気がしました。

戦争そのものを描かなかったのはなぜですか?

戦争という題材は、経験していない人間が書くと、どうしてもヒロイックになりがち。しかも、「お国のため」といった大義名分の美しさばかりがクローズアップされてしまいます。

だけど実際は、大義をふりかざしたとたんに暴力が正当化されてしまうことが問題で、日常のあちこちにその芽は潜んでいるのです。