サッカー
希望を胸に恩師の元へ……アビスパ福岡→ウルグアイ→そして沖縄へ
松原良香Vol.12
〔photo〕iStock

2001年シーズン途中、松原良香はJ1のアビスパ福岡に加わった。

福岡には元日本代表の三浦泰年、後に日本代表にも選出されるフォワードの山下芳輝などが所属していた。前年の2000年シーズン、アルゼンチン人指揮官ネストール・オマール・ピッコリの元、6位という好成績を残していた。

2001年からは、サンフレッチェ広島などでプレーした元韓国代表の盧廷潤を補強。さらにシーズン途中から松原の他、FC東京で出番のなかった呂比須ワグナーも加わっている。呂比須はブラジルから帰化して日本代表入りし、フランスW杯にも出場したフォワードである。

ところが――。

福岡は開幕からガンバ大阪、清水エスパルス、浦和レッズ相手に連勝したが、その後はすっきりとしない成績が続いた。そして年間成績15位――J2へと降格となった。
 
チーム運営費縮小のため、三浦泰年たちが解雇された。松原もその中に含まれていた。

松原は合流早々、膝を故障、手術していた。「福岡では最初の数ヵ月何もできませんでした。不完全燃焼だったんですよ。すごく悔しくて。でも、ここからだなと自分は思ったんですよ。絶対、まだできるし。また海外でやりたいと思ったんですよ。何か知らないけれど、すぐに海外って思っちゃう。僕、頭おかしいですよね」と自嘲気味に笑った。

2002年1月、松原はウルグアイに向かった。

代理人からはデフェンソールというクラブからオファーがあると教えられていた。しかし、この連載の<第1回目>に書いたように、到着してみると外国人枠が埋まっており、契約できなかった。そこでブラジルにまで移籍先を広げたが、シーズン途中ということで、希望に沿うクラブは見つからなかった。