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「麻生の乱」を封じ込めた、安倍首相の巧みな人心掌握術

「君子豹変」の理由

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戦前の日本で最大の炭田と言われた筑豊地域で、石炭の輸送ルートだった遠賀川周辺に住む人たちを「川筋者」と呼ぶ。気性は荒いが、義理、人情を重んじる。この気風が育まれた福岡県直方市、飯塚市などを選挙区とする副総理兼財務相・麻生太郎が「筋が通らない」と話す時はかなり重みがあると言える。

「今の状況でわれわれとしてはもう一回消費税を延ばす延ばさないという話をするんであれば、(2014年11月の衆院解散で)延ばすということで信を問うているから、今回は必ず上げるとはっきり申し上げて選挙を当選してきたんだから、延ばすならもう一回選挙して信を問わないと筋が通らんのではないかというのが、私や谷垣さん(禎一自民党幹事長)の言い分だ」(5月29日、自民党富山県連政経文化セミナー)

首相・安倍晋三にこれほど厳しく注文を付けた麻生が翌30日夜、安倍と東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急内のレストラン「ORIGAMI」で約3時間会食すると、消費再増税延期も、衆院解散見送りもすんなりと受け入れた。麻生がいとも簡単に君子豹変したのはなぜか-。

麻生氏を縛るトラウマ

麻生は財務官僚の期待を一身に背負って安倍や官房長官・菅義偉と対峙した。財務官僚は表だって動けなくなっていたからだ。

財務官僚は昨年12月、消費再増税の際の軽減税率導入案を決める際、生鮮食品のみにとどめようとして自民党幹事長・谷垣禎一を取り込んだが失敗。一昨年11月には消費増税を予定通り15年10月から実施しようと広範囲に根回しし、安倍や菅の逆鱗に触れた。

その轍を踏まずと、財務省は安倍官邸に情報が漏れそうな人物には説明せず、極力動きを控え、麻生の力を頼った。企業経営者だった麻生は社員に当たる財務官僚の声に耳を傾け、財務官僚の意見を実現しようとした。

もう一つ、麻生の行動を分析する上で重要なことは、麻生は首相時代に解散時機を逸した悔いが残っていることだ。08年9月に首相に就任した麻生はすぐに衆院解散に踏み切ろうとした。