週刊現代
短歌は日本人にとって怨霊か、幸福か
〜石川啄木と折口信夫の対照的な短歌観

中島丈博の読書日記

 報われない天才詩人への愛惜

気が付けばもう、アマゾンで探索して取り寄せるという時間的な余裕さえ失くしてしまっていた。慌てて書店に駆け込む。購(か)ってきたのは店頭で目を惹いたというだけで何の目安も脈絡もない4、5冊である。

ドナルド・キーンさんの『石川啄木』は夕刊紙などで読むキーンさん独特の文体とは違って、いやに円滑で明快だと思ったら、英文からの翻訳だった。所々に挿入されている短歌が懐かしい子守歌のような効果を醸して、気持ちよく引き込まれる。

付きまとう貧困と、自己を恃(たの)む若い倨傲(きょごう)が巻き起こす行く先々での悶着と、おまけに家長としての意識からは逃れ得ないまま、父一禎、母カツ、妻節子、妹光子それぞれの家族関係の捻れ具合も異形というか個性的で、一家離散もあながち窮乏のせいだとも言われない。

明治という閉塞の時代とあらがいながら借金もつれの満身創痍で生きた石川啄木という夭折の天才歌人の全体像が余すことなく繰り広げられている。

詩歌では食えないということもあって、啄木は何度も小説に挑んだけれども、その都度、失敗しているが、日本の日記文学に通暁している著者は、赤裸々に自己暴露を刻印した『ローマ字日記』にこそ、小説以上の価値ありとしている。

流行の新自然主義文学には目もくれなかった啄木が、期せずして私小説的境地に達したということなのだろうか。

歌集『一握の砂』は明治43年12月の発行で、書評のすべては好評だったが、この成功が啄木を貧窮から解放させるには至らなかった。啄木の歌集ブームは死後まもなくと、大正10年代、3度目は戦後の昭和23、4年と言うから、私が親炙(しんしゃ)したのはその3度目の頃のことである。

本書には取り上げられていないけれども、我が愛惜能わざるは次の一首。

打ち明けて語りて
何か損をせしごとく思ひて
友とわかれぬ