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「心」ほど難しいものはない
~ウィトゲンシュタインの哲学観に背いてみた

野矢茂樹の哲学風景
〔PHOTO〕gettyimages


文・野矢茂樹(東京大学大学院総合文化研究科教授)

探求から構築の旅へ

2011年に講談社から出した『語りえぬものを語る』という本のあとがきに、自分の哲学的思考を論文の形にするのが難しくなってきた、と書いた。

つまり、明確に問題が提示され、それに答えるように議論が組み立てられ、そして明快な結論が示されている、そんなふうにはなかなか書けなくなってきた。「たまたま立ちつくしたところから始め、茫然と立ち止まったところで一休みする」、そんな書き方しかできない。

だが、そう書いた舌の根も乾かぬうちに、『語りえぬものを語る』の次の哲学の著作として、私は明確に問題を立て、それにきっちり解答を与えるという仕事を始めたのである。その一貫性のなさにわれながら呆れもするが、しかし、「やりたいことをやりたいようにやる」という意味では、これはこれで一貫していないわけではないと言えなくもない。

私はウィトゲンシュタインの哲学にたいへん共鳴するところがあり、また、彼の「治療としての哲学」という哲学観は基本的に正しいと考えている。哲学は何か理論や学説を打ち立てることではない。

哲学問題を抱え込んだ人間は一種の病人であるから、それを治療するのが哲学にほかならない。哲学者こそもっとも重い病人であり、哲学者はなによりも自分自身を治療するために哲学をする。これがウィトゲンシュタインの哲学観である。私も、その通りだと思う。