大金持ちへの最短ルート!?「プログラミング教育」はもはや不可欠。しかし拙速な「必修化」はキケンだ
できるかできないかで世界が変わる
清水 亮

勉強が苦手な小学生でも人工知能を作れる?

振り返れば、子どもの頃の筆者にとって、プログラミングとは最強の自己表現手段でした。

荒唐無稽にも思われるかもしれませんが、実は筆者、小学生のときに高校レベル程度の数学的知識を得て、原始的な人工知能を作った経験があります。

中学校では自由研究として、1年生のときに、原子爆弾の開発に携わった天才数学者、フォン・ノイマンらが研究した「セル・オートマトン」という離散計算モデルを改造、花火のアニメーションを表示するプログラムを書きました。

2年生のときには、裁判所を社会科見学したときの様子を、マウスと画像を組みわせて、地図をクリックすると、その地域の情報が出る、ハイパーテキストのプログラムを書きました。これは、今でいうWebサイトと同じ原理。

さらに放送委員もしていたので、学校全体を模した3Dのワイヤーフレームモデルを作り、それをリアルタイムでアニメーションさせるプログラムを書き、学内ニュース番組のオープニング映像を作りました。文化祭では、天文部の一員として、コンピュータを使ったアニメーションをプログラミングし、星座にまつわるストーリーを公開しました。

こう書くと「特別な子だったんでしょ」と言われそうですが、実は勉強そのものは苦手。先生に言われたことをするのも嫌いで、むしろ学校では問題児という扱いを受けていました。

ではそんな少年が、なぜプログラミングで力を発揮することができたのか?

私がプログラミングで力を発揮できたワケ

それには、おそらく3つの理由が考えられます。

1つめは、たまたま筆者の通う小中学校の隣に、市でもっとも大きな図書館があったこと、そしてバスに乗れば、国立大学の図書館に行けたこと。

田舎の大学なので、当時、その図書館は地域の人々に開放されていました。そこで分からないことは市立図書館で調べ、それでも分からないことは大学の図書館で調べることができた。そうした環境的な要素が整って、それで始めて、技術や知識を高めることできたのです。

2つめは、そうした環境的なメリットがあったことに加えて、すぐそばにプログラミングを教えてくれる大人がいたこと。

筆者の通っていた小学校に、たまたまコンピュータ好きの先生がいて、いつも昼休みにはプログラミングなどの話をして過ごしました。中学校でも、やはり数学の先生がコンピュータ好きで、休み時間になれば筆者は走って数学準備室に行き、置いてあるパソコンで数えきれないほどのプログラミングを学び、書きました。

さらには市の図書館司書の1人が、あまりに筆者がコンピュータ関連の本を借りていくのに気づき、いろいろなことを教えてくれるようになりました。