週刊現代
作家・ねじめ正一さんの「人生最高の10冊」~尾辻克彦さんのような小説を書きたくて
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言葉が持つ力に魅了されて

昔のことですが、作家の高橋源一郎さんが僕の『高円寺純情商店街』を読んで「尾辻克彦だね」と言った。あれは本当に嬉しかったですね。というのも、僕が小説を書き始めたとき、尾辻さんのような小説を書きたいと思っていたから。

尾辻さんの小説の特色は、細部へのこだわりにある。『国旗が垂れる』は、大晦日に日の丸の旗を買いに行く話です。近所の店を探してまわるんだけれども、文房具屋にも金物屋にも置いていない。

ようやく手に入れたら今度は、玄関に飾っていることに対する他人の目が気になってくる。そういう主人公の心理と行動を克明に書いていくんだね。

こだわりといえば、この本に入っている別の短編「露地裏の紙幣」がまたすごい。

子供と銭湯帰りに、「左記千円札を紛失しました。特徴・表から見て左上に醤油のシミあり……」と書かれた張り紙を見つける。それらしき千円札を拾い、届けに行く話だけど、描写の克明さから、だんだん現実離れして妄想小説のように思えてくる。

2番目に挙げた『沈黙のまわり』は詩人の谷川俊太郎さんのエッセイ集です。谷川さんは「詩人」も他の職業同様に仕事だと言い、その厳しさを書いている。

僕なりに要約すると、言葉を尽くした詩よりも、野に咲く一輪の花の存在のほうが人の心に与えるものは大きい。野に咲く一輪の花にどんな一輪の花の詩も敵わない。一輪の花を超えることはできないことがわかっているからこそ、本のタイトル通り『沈黙のまわり』を正確な言葉でたずねていく。

僕は、谷川さんの「ゆうぐれ」という詩が大好きで(『よしなしうた』所収)。

「ゆうがた うちへかえると とぐちで おやじがしんでいた」ではじまり、母親も兄貴も死んでいたと続く。恐い光景ですよ。しかし合間に「ひをけして シチューのあじみをした」とか蕎麦屋のバイクの音が聴こえたとか日常世界を映し込んでいく。言葉と対峙している人だなぁと思いますね。

日常に突然現れる異和

弱い神』の小川国夫は「わかりにくいものを書く作家」という印象があるんだけど、広辞苑くらい分厚いこの本は、全編「です・ます」の会話体で書かれ、何人もの人間が登場していながら、とても緻密で、「こういう小説の書き方があるのか」と衝撃を受けた。作家の強い意志が感じられました。

僕が新しいものを書こうと苦しんでいた時期で「俺も、です・ます調で書いてみようか」と背中を押された気になって書いたのが『長嶋少年』です。

4位の吉田知子の『脳天壊了』に入っている「お供え」という短編(川端康成文学賞受賞)では、家の前になぜか花が置いてある。交通事故のあとなんかに見かける生花だけど、事故があったわけでもない。

主人公は、誰が何のために花を供えるのかと見張っている。それだけの話だけど、忘れがたい後味があります。

日常の中に突発的に出てくる異和を描くとなると、吉田知子さんの筆の巧みさは突出しています。小川国夫と似たところがあって、読んでいて、どこかとんでもないところに強引に引っ張られていく感覚があるんですよね。

9位の川崎徹さんの『最後に誉めるもの』は、亡くなったお母さんの話です。川崎さんの小説の特徴は、死者との交流がテーマとなって、死んだ人が出てくること。

この作品では、お母さんが焼き場で骨になる。白い手袋をした係の人に「いい骨ですね」と誉められる。そこにいたるまでのことなどを実に細かく書いている。

川崎さんは死んだ人しか信じられないと思っている節がある。さよならした人しか信じていない。

誰しも「自分の生家の間取りを描いてください、それも詳しく」と言われたら、図面を描くうちに「あれ、あそこどうなっていたんだろう?」となる部分があるでしょう。ところが、川崎さんは小説の中で、見取り図を完成させていく。

そういえば、僕が『長嶋少年』を書いたときに、川崎さんから「ねじめさん、昭和40年代はまだダンボールという言い方はしなかったですよ」と言われたんだよね。川崎さんも細部をストイックに書き込むことで物語が歪みはじめる。そういうところは吉田知子と似ています。

並べてみると、なんだかよくわからない選書になりましたが、自分はどうも、わかりづらいものを好むところがあるというのがわかりました(笑)。

(構成/朝山実)

ねじめ・しょういち/'48年東京都生まれ。'89年『高円寺純情商店街』で直木賞受賞、'08年『荒地の恋』で中央公論文芸賞受賞ほか受賞多数。その他の作品に『長嶋少年』『認知の母にキッスされ』など

▼最近読んだ一冊

『句集 ペンギンと桜』
「俳句然としていない作風がいい。『ペンギンと桜を足したような人』という表現なんて、どんな人だよ、と思うけど、意表をつく言葉の組み合わせの面白さが出て、言葉に色気もある。多くの人に読んでほしい」