「タブー」を犯した人間の心理を直木賞作家・東山彰良がえぐる! 衝撃の黙示録『罪の終わり』
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絶望の世界に誕生した「神」

―2167年6月16日の小惑星衝突により文明を失ったアメリカ大陸。本書はその「6・16」直後、多くの人々が飢え、一部で食人行為が正当化されていく時代が舞台で、信仰と救済が大きなテーマとなっています。

6・16の100年後を描いた『ブラックライダー』('13年)の前日譚でもありますが、独立した作品として楽しめます。

崩壊した世界を舞台に描くディストピア小説はたくさん存在しますが、崩壊が長期化したとき、つまり本書の場合では「人肉を食べなければ生きていけない」というような逼迫した状況が生まれたとき、人間はどのようにして自分の尊厳や信じるものを守るだろうか、というのが発想の起点です。

前作は「かつて救世主と崇められた黒騎士と呼ばれる男がいた」という設定のもと書き上げたので、本作では、彼がどんな人物だったのかを書くことにしました。

―旧世界の価値観を守る「白騎士」に追われながら、飢えた人々に食糧を分け与える「黒騎士」ですが、その素顔は、ナサニエル・ヘイレンという一人の少年です。

冒頭に〈よこしまで神に背いた人間たちはしるしを欲しがる〉という聖書の一節を引用しましたが、この一文にふさわしい物語にしたいと思いました。つまり、母親を殺した少年がどのようにして周囲の人々から英雄に祭り上げられていったのかという、「神話」の成り立ちを描きたかったのです。

ナサニエルは生まれながらに英雄だったわけではなく、ちょっとした誤解や偶然が積み重なって、本人の意志と無関係に神格化されていきます。

「食人」という絶望的な選択をした人々は、自身の心を救うため信仰対象を必要とし、そこにたまたま現れたのがナサニエルでした。イエス・キリストの逸話など、世界に現存する神話の起源はこれと似ていると思います。

―本書は、ネイサン・バラードという人物が、黒騎士伝説の虚実を検証するというノンフィクション・スタイルで書かれています。通常の人称小説の形をとらなかったのはなぜでしょう。

ナサニエルの視点をとって、彼が荒廃した時代を彷徨うピカレスク・ロマンも書けたでしょうが、それよりも、第三者が客観的な視点で伝説に関する事実を集め、彼なりの視点で解釈していく形をとったほうが、物語の説得力が増す気がしました。

たとえば、複数の証言を繋ぎ合わせて一人の人物像を示していくのは、時系列にそって書かれる小説では難しいですが、ネイサンの書いた一冊の研究書であるという体裁をとればそれも可能になります。

ちょうど執筆当時に『HHhH』『荒野へ』などノンフィクションを多く読んでいて、その手法をうまくフィクションに転用できないかと思ったことも大きな要因です。

もっともらしくするために、序文や謝辞、注釈を挿入したり、引用文献をでっちあげてみたり、細部にはこだわりました。虚実を織り交ぜながら、いかにまことしやかに物語を展開していくかが本作の肝でしたね。