ポルノグラフィティの作品200曲は、「締め切り」があったからこそ生み出せたものです
島地勝彦×新藤晴一【第3回】

撮影:立木義浩

第2回【作曲や執筆はゾーンに入れるかどうかの勝負

シマジ ボーカルの岡野昭仁さんとは高校時代に知り合ったんですよね。

新藤 はい。岡野との最初の出会いは高校生のときでした。因島はちっちゃな島なんですけど、ぼくが住んでいた町と彼が住んでいた町とは雰囲気がまったくちがっていたんですね。ぼくの町は漁師さんとか造船所の職工さんが多くて、どちらかというと、気が荒い地区だったんですが、彼の町はみかん畑があるような、どちらかというと、穏やかな土地だったんです。

なのでぼくは小学校、中学校時代、気の荒い人たちの中で、なるでく目立たないように生きていたんですですが、彼にはじめて会ったときの第一印象は、ホントに穏やかな子だなあというものでした。太陽の光を燦々と受けたみかんが風に揺れている、みたいなところで育ったんだろうなあって。

彼のグループもみんな穏やかでとても仲がよくて、ぼくの周りとはちょっと異質な感じがしました。ですから、そういうタイプの人と知り合うとは思ってもみなかったんです。たぶん、お互いにバンド活動をしていなかったら、出会わなかったかもしれません。

シマジ でも彼の歌声を聴いて「こいつ、うまいなあ」と思ったわけでしょう? ボーカルというのはやはり生まれ持った才能がほとんどでしょう。

新藤 たしかにボーカルは生得的な才能だと思います。楽器とはまったく違います。ぼくらみたいなロックバンドのギターやベースって、中学高校からはじめる人がほとんどなんですよ。だいたい教則本を手掛かりに独学で覚えたりするんですが、歌い手はほぼ例外なく、小さいころから歌が上手です。

僕の知っているボーカリストの多くは、小さいころから親戚の集まりで堂々と歌を披露したり、田んぼの畦道を大きな声で歌いながら家に帰ったりしていたそうです。もともと歌がうまいから好きになるのか、好きだからうまくなったのか、どちらかはわかりませんけど、生まれ持った才能はたしかに大きいと思います。

立木 まあ、両方じゃないの。

新藤 そうかもしれませんね。高校時代から突然歌い出したボーカリストっていうのは聞いたことがありません。やっぱり、大きくなって突然「歌うぜ」といっても、歌う前の立ち姿からしてボーカリストじゃない。たとえば野球のピッチャーだってそういうところがあるんじゃないでしょうか。名選手は小学校低学年からいい球を投げているはずです。