週刊現代
佐藤優がいま教えたい初級哲学(1)「ヘーゲルから学ぶ、人生の意味」

人生に目的などない

いかにも厳格そうな人物だが、実は苦労人だった〔PHOTO〕gettyimages

今回と次回は、皆さんが現代社会に影響を与えている哲学者について知りたいというときに、おすすめしたい2人の人物についてお話しします。1人目は、19世紀のドイツで活躍した、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルです。

ヘーゲルは『精神現象学』という「哲学史上最も難解」と評される本を書いた人ですが、同時に「あらゆる思想の源泉はヘーゲルにある」と言っても過言ではない、偉大な思想家として世界中で尊敬されています。

彼は1770年8月27日、南ドイツのシュトゥットガルトで、主税局書記官の長男として生まれました。8歳の頃には、小学校の担任の先生からシェイクスピアの作品集を贈られるほど、すぐれた言語能力をすでに身につけていたそうです。

その後神学校で学び、成人した彼は、スイスのベルンで家庭教師の職につきます。というのも、実家にお金がないんですね。ヘーゲルは、成績は抜群によかったけれど、今で言えばノンキャリ公務員家庭の子で、大学に行って勉強を続ける金はなかった。貴族の家の子供の家庭教師になって、その給料で研究するのが、当時の貧乏な学者志望者の、普通の生活だったんです。

37歳で前述した『精神現象学』を書き上げたあとには、地方新聞の編集者もやっています。これも、当時は金持ちやインテリのやる仕事ではありませんでした。今ではヘーゲルというと大哲学者の代名詞ですが、実際はこんなふうに、たたき上げの男だったんですね。

ヘーゲルはあまり女性にモテなくて、41歳まで独身でした。彼は子供の頃に天然痘にかかって、顔がボロボロになってしまったせいで、ものすごく不細工だったそうです。

一方で、ヘーゲルより半世紀ほど前に生まれた、著名な哲学者のイマヌエル・カントは、超モテ男でした。カントのパトロンは、全員女性。貴族の女性のサロンで面白い話をして回って、かわいがられたわけです。

実は、今も名前が残っているような哲学者には、ほぼ例外なく、貴族の女性のパトロンがいました。その女性が「こんなことを知りたいわ」と言うと、論文を一生懸命書いてプレゼントする。そうすると、「アタシにはこんな頭のいい男がいるのよ」と自慢の種になったのでしょう。哲学の世界は、そうでもしないとやっていけない。カントもデカルトも、ライプニッツも独身でした。

でもやっぱり、そういう学者たちの哲学は、話は面白いけれど現実から乖離している。結局は、「独身男の哲学」なんです。その点、ヘーゲルみたいにきちんと家庭を持った哲学者は珍しいし、現代人の私たちにも親しみやすいと思います。

さて、ヘーゲルは『精神現象学』に何を書いたか。簡単に言えば、「人生にゴールはない」ということです。生きていると、いろんな悩みや課題が出てきます。目標を達成したと思っても、実はそこは本当のゴールじゃなくて、また新しい問題が現れる。最終的な結論には、なかなかたどり着けない。こういう本です。

ある人の人生で考えてみましょう。小学校の頃から一生懸命勉強して、中高一貫校に行き、東大に合格して、キャリア官僚になった。そこが人生のゴールかと思ったら、全然そんなことはなくて、最初の10年は下積みです。その後、係長をやって筆頭課長補佐をやって、15年くらいで課長になったとします。しかし、その上に進むとなると、今度は省内政治との兼ね合いが出てくるわけです。

明らかに自分より優秀とは思えないような人が、政治任用で偉くなっていく。50代初めで同期が次官になったら、その期は全員天下りで、民間企業や外郭団体に出されてしまいます。給料は、そこそこもらえるでしょう。でも、本気で仕事ができる期間は、一生の中で10年もありません。人生なんてだいたい、そんなものではないでしょうか。

ヘーゲルの『精神現象学』を読むと、こういう「人生って、そんなものなんだ」ということがよく分かるんです。30代でこの本を書いた彼は、世間のことを相当ドライに見ていたんですね。

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