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脳の仕組みに「数理」で迫る! AI研究の基礎を拓いた第一人者が語る、魅惑的な脳の世界
甘利俊一『脳・心・人工知能』
〔PHOTO〕iStock


人工知能は「心」を持てるか?

2045年、人工知能が人間の能力を超える「シンギュラリティ」は、本当に訪れるのか? 数学の理論で脳の仕組みを解き明かせれば、ロボットが心を持つことも可能になるのだろうか? 人工知能研究の基礎となった「数理脳科学」の第一人者が語る、不思議で魅惑的な脳の世界。

はじめに

私たちは文明や社会について思索し、宇宙の起源を探求し、また人類の歴史に想いを馳せる。壮大なビジョンに感動し、愛の物語に心をふるわせる。もっと身近には、今日の仕事の計画を練り、休日の楽しみを考えては心を躍らせる。これはみな、私たちの「脳」のなせる業である。

では、脳はどのようにしてこの世に現れたのか、それはどんな仕組みで働くのか、さらには、脳に宿る「心」のありようを考えてみたくなる。

私は数理工学を専攻してきた研究者である。「数理」とは数学的な思考のことであって、人類の文明とともに勃興した。いまから5000年も昔のバビロニア文明の時代に、数理的な思考が記された粘土板が残っているのは驚きである。

その私が、数理の立場から脳に興味を持ち、数理で脳の秘密を解き明かすことができないかと生意気にも考えた。それから50年以上が過ぎた。

数理工学とは、工学の諸問題に数理の光を当て、新しい理論を作ろうという方法のことである。60年以上も前の終戦後の日本で、工学は20世紀の数学とは分離していた。しかし、現代的な数学の仕組みを活用した新たな理論を建設したい、と夢見た工学のグループがあった。東京大学に創設した数理工学コースである。

学生数わずか5名のこのコースに私は進学し、以後、大学院そして研究者として、数理工学の道を歩むことになる。研究対象は工学に限らず、数理科学全般に及んだ。

そこから時を経たいま、数理科学の振興が叫ばれ、私たちの努力が着実に実りつつあるように思えるのは大変うれしい。

脳は驚くほど複雑で精妙である。この脳の仕組み、その秘密が数理でわかれば素晴らしい。そうなれば、実験によるこれまでの脳研究と手を携えて、脳科学が理論を持つ科学に昇華するではないか。これは私たち研究者に向けられた大きな挑戦である。